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 いつの世も、男心と女心は、お互いに理解は難しい。特に、戦う男と愛憎の女は分かち合えない。
 元禄15年(1702)12月15日、雪の江戸。赤穂浪士四十七士は吉良邸に討ち入り、主君の仇討ちを果たした。多くの人々は感動し、『仮名手本忠臣蔵』として書かれ、世に広まった。しかし、歌舞伎での上演で夜の演目は、鶴屋南北『東海道四谷怪談』。民谷伊右衛門は伊藤喜兵衛のお梅を選ぶ為、お岩を薬で醜くして憤死させたが、お岩の祟りに苦しめられた話。
 実は物語では、伊右衛門も赤穂浪士の一人で、伊藤は吉良の家臣という設定であった。すなわち、元禄赤穂事件を舞台に、二つの物語は人間の昼夜表裏として書かれ、後世永く日本人の心に根を下ろした。
 さらに、『古事記』『日本書紀』で天孫降臨したニニギノミコトは、美しく儚いコノハナサクヤヒメを選び、醜くも永遠の命のイワナガヒメを拒んだ。その為、天皇家と人間の寿命は限りがあるという。「花」を選び、「岩」を捨てた物語は、江戸の世に継承されていた。
 そして、昭和11年(1936)2月26日、雪の東京。青年将校達約1500名は、昭和維新・憂国の為、信じる天皇・派閥首班の為、内閣・国家中枢を襲撃。昭和のクーデター、二・二六事件である。またこの年、女中・阿部定は、愛おしい愛人を猟奇的に殺害した、阿部定事件が起こった。世の人はこの年を、「男は大義を果たし、女は小義を果たした」と噂した。
 男尊女卑という言葉があるが、いつも忠義を考える男が女性の心を無視するのは、いつの世も悲しい事と思える。
どこかで聞いた古い言葉 「不考女心丈夫、人心己心不知」
(女性の心を考えない男は、人の心、自分の心を知らない)


忠義と乙女心
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