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第六章 最後の黒龍

「あなた方が考えている以上に、中央は事態を深刻に受け止めている」
 ハタ代表は大会議室で、主席の椅子に腰を据えて、立体ウィンドウを映し出すノートPCと一郎達三人を前に語っていた。室内は全て政府の対策班に占拠され、作業が進められていた。すでに、各ライフラインは平均四十%が復旧し、空間の六割も回復できていた。
「言わずと知れた事ですが、この大黒市が日本の電脳社会を担っているのはご承知のはず。その支柱が揺るがされており、それによる影響は国内外に対し、計り知れない。すでに国際市場でその波紋は起こっている。一刻も早く事態を打開しなければなりません」
「それで、ハタ代表は原因をどう見ておりますか?」
 ゆっくりとカツラギ局長は、聞いてきた。
「我々の情報筋では間違い無く、犯人はテロリストです」
 オノ警部の眼はいぶかしくなった。
「ハッカーや暗号屋ではなくて?」
「これほどの大規模は、そこらのサイバーテロではない。明らかに、政治的な敵意を持った攻撃と言えます。もしも、これが某国のスパイによるものであったならば、もはやこれは宣戦布告無き攻撃、国家的陰謀、国際的戦争です!」
「……おいおい、ちょっと話がでかくなり過ぎちゃあ、いないかい?」
 そんな彼らの会話に耳を傾けていながら、一抹の不安が何度も脳裏をよぎっていた。
(まさか、ヤエが……?)
 一郎の中では、ヤエがこの異常事態の原因ではと思っており、もしもそれだとした時、自分は何をどう行動すべきか、心配でしようがなかった。
「失礼します」若い職員がカツラギ局長に話しかけてきた。「局長、お客様がお見えです。正面玄関でお待ちです」
 カツラギ局長が驚きながら、外に向かい、入口を見てみると、スーツ姿の男が立っていた。何も言わずにカツラギ局長は行くと、そこにいたのは四角い顔の中年だった。
「……何だ、お前か」
「お元気そうで何よりです。カツラギさん」
「ふん。お前との関係は、もう過去のものとなったはずじゃが?」
「ええ確かに。今日はたまたま別の仕事で、この街に来たのです」
「別件?どうせいかがわしいヤマだろ。同じ公務員として情けない」
「それはご想像にお任せします」
「よく言うわ。情報を探りに来たのが、本命なのだろ?」
「人聞きの悪い。何かお手伝いできる事があれば、ご協力しますが」
「あいにく手は足りておる。用がそれだけなら、もう帰れ。お前が関わる所じゃあない」
「……そう、ですか。これはご無礼を。またの日を」
「さあな。次はあの世で待っておるかもしれんな」
 訪問者を「お前」としか呼ばず、カツラギ局長は奥に戻り、中年も去った。
 カツラギ局長が戻って、オノ警部に「彼は昔馴染み」だと、話した時だった。
 ピルルルルルッ、ピッ
「失礼」の一言で、ハタ代表は自分の指電話に出た。
「私だ…………何!」
 電話を切ると、一同に振り向いた。
「犯人を発見した。サーチマトン2・0投入の許可も下りた。直ちにテロリストを捕まえる」
 突然の朗報に、喜ぶ者はいなかった。
「場所は?」
「市内に潜伏しているのが判明した」
 一郎へのハタ代表の返事には、誰もが強張った。
「何だと!そんな情報聞いてねえぞ!」
 これにはオノ警部が、一番怒るように大声を張り上げた。初耳の情報を知らされ、出し抜かれた事で刑事としてのメンツを潰されたと感じていた。
「ですから、こちらには情報筋があるんです。あなたよりも有力な」
 涼しい顔を見せられ、逆にムッとオノ警部を思わせてしまっていた。
「それにしても、2・0を投入するとは」
 カツラギ局長にとっては、そこが関心事だった。
「当然です。相手は凶悪なテロリストですから。あっ、場所の詳細地図です」
 そう言ってウィンドウに映し出された、地図に指をさした。しかし、その地図の点の意味するところに一郎は、血か毛が全身を逆なでるような思いに駆られた。
 それは紛う事無き、小此木宅旧家、メガシ屋だった。
「すでにオオトモ警部補と2・0に、向かわせております。これで一件落着でしょう。ああ、それと、詳細な送られたデータによると、今回の市の機能停止は、非公認のイリーガルを利用したものだと断定できました。そのような方法とは、全く由々しき事。とりあえず、そのイリーガルには、捕獲命令が出されました」
 淡々と語るハタ代表の話に、一郎はボーっとして聞いているようになっており、耳から入る言葉が聞き取り難くすらなりかけていた。
 自力でハッと我に返ると、気がつかぬ間に、ハタ代表から指示を受けていた。
「小此木室長、君は犯人確保の情報面における、サポートを命ずる」
「……あ、はい」
 力無い返答をしながら、デスクに向かいウィンドウで、手を動かしながら別の事を脳裏で模索していた。
(何かが、おかしい。このままでは娘達が……何とかしなければ。今、自分のいる立場はチャンスのはずだ!)
 緊迫感が高まった時、オノ警部がどこかへ出て行こうとした。無論、ハタ代表は呼び止めた。
「警部、持ち場を離れるな。君には――」
「悪いが、俺には俺のリサーチがあるんだ。もうちっとやってからでないと、納得できねえんだ」
 そう言いながら、タバコをくわえて駐車場へ向かってしまった。
「まったく」
「まあまあ代表、彼はああいう者ですが、正義感は保証します」
「……とにかく作業だ。諸君、早く取りかかりなさい!」
 そうカツラギ局長と話を済ますと、彼もウィンドウに向かった。カツラギ局長は、今度は一郎へ近づいた。
「小此木室長、顔色が良くないが大丈夫かね?」
「あ、いえいえ。平気です」
「……ま、自分を信じたまえ。とくにこういう、何か大切なものを守らなければならん時はな」
 あいまいな言葉に一郎は、大きな勇気を分けてもらった気がし、やるべき何かに気づいたように思えた。
                 ○
「という訳なんです」
 簡単なアキラの説明で、仏間は騒然となった。
「お、お、俺ッチは嫌っすよ!」
「時間は稼げねえのか?」
「無理よ!逃げたって追いつくかも!」
「こんな状況だと、キュウちゃんも使えないわ。どうすれば……」
 誰もが悩み、慌て出す中、メガばあはチーンと仏壇の鐘を鳴らし、電脳マシーンを出すと、ジャラジャラとメタバグを畳に出した。
「玉子、お前も手伝え!」
 ウィンドウで何かを打ち込みながら、オバちゃんにメタバグの合成を指示した。オバちゃんの手で変わったメタバグは、マシーンに入れられ大急ぎで錬成がなされ、三枚のメタタグが作られた。
「皆の衆、キヨコも聞いてほしい!儂に策がある」
 そう言って、円の形に集まった一同に、三枚の札を広げて見せた。
「この札には、最初に解析したヤエのデータが練り込んである。言わば、ヤエの影武者じゃ。これで反応だけで見ておる連中の眼を、しばらくは欺く事ができる!」
「しばらくって、どれぐらいよ?」
「それはわからん。工夫によっては、長続きができるかもしれん」
 フミエの心配に、メガばあはあいまいに答えるしかできなかったが、これしか後が無いとみんな思えた。
「その後は?」
「う~む……考えてない!」
 この一言には、その場の緊張感が、ドッと吹っ飛んでしまった。
「しかし、さっきのヤサコの考えに基づくならば、できるだけ遠くへ逃がすしか……」
「ちょっと待って下さい!」思わずキヨコが口を挟んだ。「逃がすって、それじゃあ何の解決にもならないわ!」
 その言葉には、一同ジロッと睨み、これにはさすがにキヨコはビクッと動じてしまった。
「わかってはおる。しかし、このまま連中の手で消すよりはマシじゃ。それにこれは半ば勘じゃが、奴らは消さずにおくように思える。そうなってはお主の望みは叶わん。どうかのう、どちらに賭けてみる?」
 ワザと試してみるような口調で、時間を長引かせ焦りを扇ぎ、キヨコの判断を鈍らせた。苦悩した面持ちでキヨコは、頷いた。
「問題は、誰がその役を、本物と偽物を持って逃げるかじゃ」
 これには誰もが悩んだ。どっちを選ぼうにも、危険は伴い、当たり外れはなかった。
「あたしが……あたしが、ヤエを持つ」ヤサコが力強く言い出した。「あたしが逃がしたいって言い出したんだから、その責任を負うわ。オババ、京子をお願い」
 力強い一言に、反論できる者はおらず、みんな勇気づけられるようにも聞こえた。
「……わかった。だったら、僕が札を持って行く!」
 続いて言ったのは、ハラケンだった。その姿にオバちゃんはギョッと驚くだけでなく、惚れぼれと見ていた。さらにイサコも口を開いた。
「よし、二枚目は私が持つ」
「よっしゃあ!だったら、俺様も持ってやる。なんせ、前も逃げ切ったんだからな!」
 ダイチも手を挙げたが、キヨコも黙ってはいられなかった。
「わかりました。警察官としてみなさんをこれ以上、危険な目に遭わせる訳にはいきません。イサコさん、私はあなたに同行します。いいですね?」
「……本当は嫌だが、こういう状況じゃあ、わがままは言ってられない。それに、この方が安心だ」
 役は決まった。さらにヤサコにフミエが、ハラケンにはオバちゃんが、イサコにはキヨコが、ダイチには黒客三人が一緒に行く事となった。
 メガシ屋にはメガばあ、京子、アキラ、タケルが残って、サポートとオペレーターをする留守番となった。
「よしっ、みんな気を付けるんじゃ!」
 メガシ屋前の外に出た一同は、ウンと無事を誓った。
「皆さん、来ます!」
 ウィンドウを開いたタケルが叫んだ。一斉に空を見上げれば、すでに遠くから奴らが迫って来ていた。母機と子機六基の、真四角キューブ状のサーチマトン2・0、が標準を定めようとしていた。
「行くぞ!」
「オウッ!」
 勝手にイサコが号令をかけたが、わっと四方八方へバラバラに駆け出した。ただし、ハラケンの場合はオバちゃんの修理完了のバイクに同乗して、走り去った。少し、周りはそんな条件に羨ましがった。
 すぐさまフォーマット光線が発射。
 間髪を衝いて、2・0が攻撃を受けた。近くの枝葉にいたモジョとモモコミゼットだった。危ういところで、誰もが散り散りに路地へ姿を隠した。
 ヤサコは気づいて驚いたが、キヨコの動きは軽快で、機敏。とても裾の長いワンピースを着ているとは思えず、ヒョイヒョイと跳ぶ天狗のようだった。
 現場の状況は、市役所で混乱を起こさせていた。
「代表、例の反応が四つに拡散しました」
「何、拡散?なるほど囮作戦か。判別は可能か?」
「難しいです。解析に時間がかかってしまいます」
「時間稼ぎでもあるのか。構わん、七基をそれぞれに追わせろ!」
 ハタ代表は若い部下に指示を出しながら、PCで確認を続けていた。そんな様子を、一郎も作業をしながら横目で確認していた。
(どうやら、優子達は逃げ出せたようだ。こっちの情報を伝えられさえすれば。あるいは妨害を……)
「小此木室長!」
「あ、はい!」
「〝はい〟ではない。地図データの修正が遅れているぞ。早くやりたまえ!」
 ハタ代表に怒鳴られてしまい、巧みに誤魔化して、ヤサコ達を助ける事が求められる事になった。
 一方、子供達の逃走路は、ほとんど適当だった。ハラケンは市役所方面へ、イサコは中津交差点へ。どちらも空間の不安定さや、敵を驚かす意味など、明確な理由で向かっていた。変わってヤサコは北の地域へ、黒客は旧大黒第三小跡地へ猛ダッシュだった。
「ねえヤサコ、な、何でこっちなの?」
「え?と、とりあえず、こ、こっちに~」
「はあ!」
 ダイチ達でも、
「おいリーダー!何でこっちなんだ?」
「決まってんだろ!俺達のテリトリーの、学校へ逃げ込むんよ!」
「……もう校舎、取り壊されてんぞ!」
「……あっ!しまった~忘れてたあ!」
 これを聞いたガチャギリは、絶望の淵を見たような気分になった。
                 ○
「言っとくが、私は完全にはあんたを信用していないから」
 イサコ路地裏の塀に身を隠しながら、向かい塀のキヨコに語りかけていた。と言っても、二人とも相手を見ておらず、空を見上げていた。
「それでも構わないわ。ただ今は、任務遂行と平和の追求。その為に、あなた達に協力するのが最善と判断しただけ。それでイイ?」
「……構わない」
 フッとどこか二人揃って、笑ったようにも見えた。そこへ、シュンっとあのキューブが現れ、二人を射程距離に入れた。
「チッ」
 サッと式を飛ばし、キヨコの眼を驚かせながらも、2・0を攻撃。一瞬でその動きを止めるも、一瞬で結界により消されてしまった。
「本物の暗号式は初めてだわ!」
 そう言いながらキヨコも、リングをつけた手の指拳銃で、火球を発射。後方のもう一基の動きを封じた。
 その隙に別の曲がり小路に逃げ込んだ。
 そんな時、ダイチ達の方は、2・0母機が追尾していた。小回りの利く子機二基よりはマシだったが、攻撃力は子機の倍で、各面が入れ替わりで回転してレーザーを撃って来るから、三人にとってはたまったものではない。ちなみに途中で、デンパはみんなに追いつかず遅れてしまい、さらに母親に見つかり離脱。
「くっそ~、しつけえぞ!」
「も、もう、おれッチ、ダメ~」
 ナメッチはばてそうになり、ガチャギリが肩を持ちながら、すぐ横の民家に入り込んだ。ところが、
「コラーッ!またお前か!」
 以前、ダイチが逃げ込もうとして、怒鳴ってきたおじさんだった。
「ま、またすみませーん!」
 飛んで来た2・0の下をかい潜りながら、また走り出した。
「おいリーダー、これからどうすんだ!神社は通用しねえぞ!」
「う~ん……、そうだ、中津交差点だ!あそこは空間が不安定だから、奴らを鈍くできる!」
「さすがオヤビン、冴えてる~」
「「んなこと言ってる暇あったら、さっさと走れ!」」
 二人につっこまれて、ナメッチは前に放り出され、また走しった。
 その頃、
 ヴイイィィィィィィンッ
 バイクに跨って、道路を駆け抜けるハラケンとオバちゃんは、必死にレーザーをかわし続けていた。だが敵の追跡も執拗だった。
「仕方無いわ。研ちゃん、サッチーを出して!」
「わかった!」
 ハラケンは運転するオバちゃんの代わりに、メガネデータからサッチーを道に出現させた。
「よし、行け、アカ!」
 そう命令が出されると、ピョンっとアカサッチーは走りながらジャンプし、両手を広げると、そのまま飛行モード。2・0に向けて飛び立ち、ビームを浴びせた。
 ヒラリと交わした2・0二基だったが、サッチーの腹のキュウちゃんからもビームが放たれ、一基は命中。だがすぐに、空中戦へともつれ込んだ。
「このまま役所に、殴り込みよ!」
 ハラケンが返事をする事無く、オバちゃんのアクセルはスピードを加速させた。
                 ○
「一体、どういう状況なんだ?」
 イライラのハタは、テーブルをコツンコツンと叩き、職員達を睨んでいた。
「犯人のアジトに向かった、オオトモ隊長は何をしている?」
「まだ、連絡がありません」
「まったく、これだからメガネを持たん連中の気がしれん!」
 当たり散らすハタを横目に、一郎は別の心配もしていた。妻・静江の事だった。
                 ○
「ですから、うちは無関係です!」
 玄関で押し問答になっていたのは、静江とオオトモ隊長だった。
「いや奥さん、確かにお宅から反応が確認されたんです」
「調べるんなら令状が必要のハズなのに、一枚もなければ拒否の権利はできます」
「しかし、今は緊急事態ですから……」
「もうお話になりません!お引き取り下さい!」
 バタンと戸を閉められ、オオトモ隊長は途方に暮れる羽目になった。家宅捜査の令状が無い以上、拒む権限が発生するのは承知の事実だった。
 止む無く、引き上げの判断を下し、それを聞いたメガばあ達は一安心だった。
 これを知った一郎は、混乱に乗じてメガシ屋へ、2・0の操作情報を送った。
「お、一郎からメールじゃ!」
「何でしたか?」
「やったぞ、2・0のデータじゃ!ヒント程度じゃが、無いよりマシじゃ」
 受け取ったメガばあ達は喜び、さっそく2・0にハッキング。とは言え、鉄壁のガードは破れず、動きを鈍くさせるのが精一杯だった。
 それでも、現地のみんなはちょっと安心でき、走り続けるのができた。
 が、その束の間、
「代表、反応の解析が完了しました」
「何、でかした!それで本物はどこだ?」
「はい、北方面に逃亡中の反応だと、断定できました」
「よし、全機をそこへ向かわせろ。機動隊もだ!」
 「マズイ」と一郎が察知した時は、すでにハタ自身が2・0直接操作に切り替えてしまい、これ以上の介入ができなくなってしまった。
 現地でもよくない状況に変化していた事は、ヤサコとフミエ以外で気付いていた。
 ハラケンの方では、2・0がサッチーとの交戦をやめ、ヒュンッと飛んで行ってしまった。これにはオバちゃんも瞬時に察し、急ブレーキで方向転換。すぐに2・0を追った。
(ヤサコ!)
 ハラケンの中に、言い知れぬ恐れが沸き上がった。
 ダイチ達でも、ばてそうな後ろで、2・0の方向転換に気づき、一瞬は喜んだ。
「ヤッター!何かしらねえすけど、助かったッス!」
「いや、マジイぞ」すぐにガチャギリが勘付いた。「ひょっとしたら、ヤサコ達に気づいたんじゃないのか?」
「……ああっ、ホントにマジイぞ!」
 ようやくダイチが理解し、2・0の後を追うとしたが、
「コゥラー、ダイチ!」
 路地の向こうから現れたのは、凄まじい剣幕のダイチチだった。
「この非常時に、こんなとこで何してんだ!」
 驚くナメッチとガチャギリを横に、「ンギャー」と有無も言わさず、ダイチの耳を引っぱられて帰ってしまった。
 残された二人はしばらく呆然としていたが、止む無く「解散」を選び、帰路に着いた。

 つづく
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