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第六章 最後の黒龍
 つづき


 家が疎らになりだした街の外れまで、フミエとヤサコはまだ走り続けていた。
「ああ、んもう!しつこいわねえ!」
 ゼエゼエと息が切れそうになりながら、塀に隠れたりしながら、ほとんど闇雲に二人は道を進んでいた。
「ねえ、フミエちゃん、ハアァ、どこかのお宅に、上がらせてもらいましょうよ」
「何て言って上がんのよ?〝トイレ貸して〟とか?」
 しかし、もはや2・0との距離はどんどん縮まり、レーザーは足元を狙い続け、ヤサコの案以外に最善な策は無かった。
「ええい、もう!」
 池に入るような気分で、フミエはヤサコの手を引っぱって、路地裏の小さな門へ飛び込んだ。幸い二人以外にその場におらず、誰の咎めもなかった。しかも、この時2・0は、入る姿を確認できていなかったらしく、フワフワと路地の辺りを見渡して、困ったように飛び回っていた。
「ふ~っ、しばらくはしのげそうね」
 ここが他所の敷地だというのに、フミエは何も躊躇なく腰を下ろし、呼吸も落ち着かせた。
 つられた形でヤサコも座ると、ポシェットあたりがモゾモゾ動き出した。ポコッとふたが開き、ヤエが顔を出してきた。
「クウヲゥゥン」
「あ、ヤエ」
 鳴き声も弱々しく、疲れたようにも聞こえた。その声にヤサコは頭辺りを撫で、フミエも鳴き声に気づき、心配そうに見つめた。
「大丈夫よ、ヤエ。大丈夫だからね」
 ヤエの不安を拭いとるように、ヤサコの手はヤエの背中辺りまで動いていた。路地の日陰で数分隠れた時間は、二人には長い一瞬に感じていた。
 その一瞬の終わりに、突如その民家の屋根から、2・0二基が飛んで来た。しかし、そこはもう敷地の中のハズだった。それにもかかわらず、急降下で迫っていた。
「「っ!」」
 ヤサコ達に言葉を発する暇などなく、ヤエをポシェットに押し込めると、転がり出るように門を抜け、表の通りに飛び出した。
 だが、すでにそこには、いるはずの無い2・0四基と母機が、目標を射程距離に入れていた。
「ゲッ!」
「ひょっとして、囮がばれちゃった?」
 二人が驚く間もなどなく、後ろからも迫り、八方塞の状況となってしまった。
「ああ、メガビーの残量、残り少ないわ。絶体絶命!」
 言わずと知れた眼前の様だったが、ヤサコにも助かる術が何も思いつけなかった。
 ズシュンッ、ズシュンッ
 唐突に背後から、大きな電脳音が響いた。フォーマット光線が襲って来たと、二人とも思ってしまった。
 ゆっくりとフミエが恐る恐る振り返って見ると、
「あ、あんた」
 言葉につられてヤサコも見れば、あのスーツ姿、エージェント達の女性が2・0に向けて、指を伸ばしていた。二基にリングの火球を浴びせた後だった。
「危なかったわね」何食わぬ笑顔で、バグった2・0の下を歩いて来た。「しばらくこいつらは、動かないわ……これから私がしたい事、わかるわよね?」
 下ろした手は再び上げ、ヤサコ達に向けて掌を見せて寄って来た。二人とも彼女の、不気味なほどの微笑みに、警戒心前面にして後退りした。と言っても、後ろにも2・0が控えていた、はずだった。
 ズシュンッ、ズシュンッ、ズシュンッ、ズシュンッ
 再びあの音が後ろで起った。
 やはり、母機を含め2・0が、バグっていた。
「さあて、助けてあげたよ」
「邪魔者は動けなくしといた。言う事を聞いてもらおう」
 左手には黒い乗用車から降りる、スキンヘッドと中年のエージェント達が、迫って来ていた。
 エージェント二人にヤサコ達が、気を取られてしまった時だった。
 ガッと女エージェントが、ヤサコの右腕を強く掴み上げてしまった。
「きゃあ!」
「放しなさ、わっ!」
 フミエが掴みかかかろうとしたら、スキンヘッドが逆に腕を押さえてしまった。
「放せ、セクハラ!」
「フミエちゃん!」
 二人が驚く間もなく、中年はヤサコのポシェットに手を伸ばした。
「ダメ!」
 暴れるヤサコの横で、中年の手で無理やり開けられた時だった。
 シュンっと、電脳霧を帯びながら、黒い筋が天高く飛び上がった。
「ヤエ!」
「ムッ!」
 この時、ヤエが逃げたのはまずかった。回復した2・0の一基が、ヤエに標準を合わせた。
 ビシーッ
 光線がヤエに発射された。何とかかわそうとしたが、
「クウヲン!」
 尾っぽに命中してしまった。
「ヤエーッ!」
 悲痛な心が、ヤサコの口から飛び出したが、ヤエはそのまま力が無くなったように、離れたコンクリの路上へ、ぺシャッと落ちてしまった。
「K!」
 中年に「K」と呼ばれた女は、そこへ走り出した。すると、ヤサコも無我夢中で走り出した。中年が後を追うとした時だった。
 ヤエのいる方向の上空から、何かがこちらに向かって急降下して来た。
「……?な、何?」
「「……サッチー!」」
 驚愕するエージェント達の横で、フミエとヤサコも揃って驚いたが、不思議と揃って希望が二人の中に起った。
 ビュンと赤いボディはエージェント達に近づくと、光線を浴びせた。しかし、エージェント達もリングによるシールドで守られ、サッチーはまた上空へ飛び上がった。
 その隙にフミエとヤサコは彼らから離れ、ヤエを抱き上げて逃げ出した。
「クソっ!あ!」
 追いかけようとしたエージェント達だったが、その横で2・0は全て回復し、次なる目標を定めていた。
「まずいわ!」
「離れろ!」
 三人がタッと駆け出すと、一斉に光線の嵐がそこらを覆い、ヤサコ達にも撃たれていた。
「ヒエエ~ッ!もうダメッ!」
 さすがのフミエですら、弱音が噴き出してしまった。
「ヤサコ!」
「ヤサコさん!」
 なんと前方から、もうゼエゼエと息切れしているイサコとキヨコが駆けつけてくれた。
「あ、イサコにキヨコ!助かった!」
 フミエが助けを求める横で、キヨコは手から何かを2・0に向けて放り投げた。
 すると、これまでにない大きさの鉄壁が出現した。メガばあが生成した鉄壁とは違うらしい。すぐにイサコはヤサコに駆け寄った。
「大丈夫か?ヤサコ!」
「ねえ、何で誰もあたしの事、呼ばないの?」
 フミエの疑問に気にする事無く、イサコはヤサコを連れてこの場を離れようとした。しかし、腕の中のヤサコはヤエを抱いて、下を向いて黙ったままだった。
 その一方で、サッチーは2・0と空中戦を繰り広げていたが、七基も相手では苦戦であった。しかも、この隙にエージェント達はヤサコ達に迫っていた。
                 ○
 メガシ屋では、ウィンドウを通して、三人は白熱の闘いを続けていた。2・0を何としても攻略しようと、必死に糸口を探していた。だが、敵は難攻不落のガードで、このままでは敵わなかった。
「うぬぬ~、小癪な~ヒントさえあれば……」
「もう僕、こんな作業、初めて~、腕が痛くなってきた~」
 メガばあとアキラはばてそうだったが、タケルは疲れを顔に出さず、黙々と敵の攻略を探っていた。しかし、どう逆立ちしても事態は変わらず、焦りが見え始めていた。
 ピルルルルルッ、ピルルルルルッ
 突然、タケルに非通知のコールがかかって来た。仕方なくタケルは仏間を離れ、メガシ屋で電話に出た。
「もしもし?」
『やあ、タケル。元気そうだな』
「……え?兄ちゃん!」
 声の主は、紛う事無きタケルの兄・宗助だった。
「え、そ、そんな。い、今ど、どこ?ど、どうして、れ、連絡を?」
 もう、懐かしさと同時に、怒り、悲しさが入り乱れる混乱が、荒海のように渦巻き、呂律が回らなかった。
『……今から2・0のデータを送る。以前、アレを操った時のだ』
「どうして……今……?」
 何とか呼吸を整え、タケルの心が落ち着いてきた。
『…………すまない。こんな形の再会は、俺だって望んではいなかった。今は俺の方の都合で、止む無くお前に連絡をとったんだ。残念だけど、居場所は言えない』
「どうして?」
『都合…俺の新しい計画だ』
「〝計画〟って、まさか……」
『さすが俺の弟だ。俺の復讐は、まだ終わってない』
「それじゃあ、今回の事件と兄ちゃんは」
『関係無い。それどころか、せっかく練っていた計画の支障になるくらいだ。だが……何より……』
「……何より?」
『……何より……お前を助けたいからだ』
「え?」
『もちろん今回限りだ。メガマスへの恨みは、晴らすまで終わらない。俺の復讐が続く限り、お前達に顔向けはできない』
「だけど、どうして僕達の事を知っているの?」
『悪いな。色々と情報収集の一つとして、お前らも監視していたんだ』
「……もう、会えないの?」
『俺だって、会いたい。だが、やはりあの時に勇子達にやった事に、少し後悔は感じている。やっぱり、顔向けはできない。だが、タケル、お前の事はいつでも見守っている』
「……諦めないから、兄ちゃんがどうあっても、探すから。絶対、会うからね」
『…………じゃあな。またいつか』
 ピッ
 タケルには、宗助が一方的に電話を切る事ぐらい、予感はしていた。それでも言いたかった。必ず、絶対、再会を信じた。
 気がつけば、メガネの中に、データが送りつけられていた。
 何も言わず仏間に戻ると、現場ではイサコ達が駆けつけた時だったが、現状の好転はしていない様子でもあった。
「…………メガばあ」
「うぬぬ~、どうした、タケル?」
「……見つけた。2・0操作のデータが」
「「……えーっ!」」
 横にいたアキラも一緒に驚いたが、タケルの顔は晴れやかではなく、チャンスという時にも関わらず、暗かった。
 もちろん、宗助の事は伏せて、以前兄がしていた操作のデータを、メガネの中から掘り起こしたとごまかした。しかし、敵へのアクセスは高度で、メガばあの腕に頼る事となった。
 それから送信後も終始、タケルの瞳は潤んだままだった。
                 ○
 ズヒュンッ、ズヒュンッ
 キヨコはリングを使った指鉄砲で、火球を2・0に撃ちながら、ヤサコ達を逃がそうと必死だった。だが、敵もすぐに物理結界によって防いでしまい、一々撃っても一時凌ぎに過ぎなかった。
「ダメだわ!これじゃあ、歯が立たない」
 泣き音など言いたくはなかったが、とても苦戦を強いられ、逃げるヤサコ達も不安だった。
 エージェント達にとっても同じで、目標確保と応戦とで、二頭を追う者は一頭も得ずになり兼ねなかった。
 その時だった。母機にひびが入ったかと思うと、
 ズゴゴ―ンッ、ズガ―ンッ、ズガ―ンッ
 バラバラに自爆してしまった。これを皮切りに、子機も次々と爆発炎上し、2・0は全滅に至った。
 目の前の様子に、両陣ともに呆然とし、理解に時間がかかった。何せ、最強とも相応しいサーチマトンが、どこからの攻撃という訳でなく、撃破された。前代未聞に近かった。
 飛行していたサッチーは、いつもの体勢になって着地した。そこへ、けたたましいエンジン音が着いた。ハラケンを乗せたオバちゃんのバイクだった。
「みんな無事?」
 ヘルメットをそのままで、四人に声をかけたが、揃って驚いたまま頷くばかりだった。
「さっき、メガばあが奴らへのアクセスに成功したのよ」
「ヤリ―ッ、さすがメガばあ!」
 ようやくフミエが声を上げたが、その直後にウ~ンッとサイレンが接近していた。
「機動隊が来る。急いで隠れよう!」
 ハラケンの促しで、みんなは動き出し、すぐ近くの路地へ走り出した。気がつけば、エージェント達はすでに姿を消していた。
 一方の戦況を知ったハタ代表は、怒り心頭だった。
「どういう訳だ!あの2・0が全滅するなど!」
 近くに立っていた部下に、顔を変えずに重い言葉で当たり散らしていた。
「は、はあ~おそらく、敵が2・0内部にアクセスし、内部爆発を引き起こさせた可能性があります」
 その報告に、余計ハタ代表は眉間にしわを寄せてしまった。
「失礼します」
 何食わぬ顔で、横からカツラギ局長が入って来た。
「一つ、進言がありますが、テロリスト狩りは一旦中止し、街を完全封鎖させてはいかがでしょうか?」
「……何?」
「どの道、まだテロリストは市内にいます。これで袋のネズミでしょう。早いうちにしなければ手遅れに」
「……よろしいでしょう。すぐに中央と手続きに入る」
 そう言って、ハタ代表はウィンドウを開いて、何かの交渉に入った。
 それを横目に、「フーッ」と一郎は、とりあえず一安心の息を出せた。だが、危機が去った訳ではない。これからのヤサコ達がどう行動するのかわからなかったが、彼女達への包囲網が狭まるのは、このままでは時間の問題だった。
                ○
 もう西日が赤く輝き、夕焼けになろうとしていた。お昼に比べ、雲は少なく減り、空はだいだい色に染まろうとしていた。その下では、そこかしこの遠くから、カア~、カア~とカラスの鳴き声と同時に、ウゥ~ン、ウゥ~ンと聞こえていた。
 道路には何十台も停車されていたが、閑散としているはずの車道を、警察車両が行き交っていた。そんな様子は閉じこもる人々は窓越しに、不安になって嵐がおさまるのを待つのみだった。
 むろん、誰かしら外出する者はいた。多くが野次馬や自治体の自警団だった。ダイチチもそれで見廻っていたのだ。だが、興味本位に出た人は、警官に注意や職務質問を受けてしまった。
 しかし、彼女達六人はまだ警察に見つかっておらず、ゴミバケツが並ぶ路地裏に身を潜め、表の様子を窺っていた。ほとんど、彼女達の立場は追われる身、顔のわからない指名手配犯だった。
「このまま夜まで待って、メガシ屋に戻るの?それとも、街を脱出するの?」
 フミエは急かすように案を並べたが、そこから先の自分の意見はなかった。それを聞く一同は黙ったままで、うな垂れているか、外を見ているかだった。
 イサコにはフミエが焦るように聞こえていたが、眼を向けて見れば、彼女の方は震えがしていた。エージェント達に掴まれた事が、やはり恐ろしかったからだ。イサコはいつも張り合う小さい少女が、恐ろしさの余韻ゆえに、今の言動が続いている事を悟れた。
 一方ヤサコは、ヤエを抱きながら俯いて、座ったままだった。傍らにハラケンが寄り添っていたが、見つめるだけで声をかけられていなかった。顔は隠され、どのような表情かは、誰にも窺い知れる事が難しかった。
「これから、私達が何をすべきか……逃げるか、攻め込むか。詰まる所、その二択だろう。どうする?とりあえず私は、前者に手を挙げとく」
 混乱しかけたフミエの案を、イサコはまとめ、ようやくヤサコ以外が顔を上げた。
「じゃ、じゃあ、何もしないよりマシだから、ここは一気に敵陣に攻め込みましょう!」
 勇気づけられたようにフミエは、後者に賛成した。
「あたしは一旦、メガシ屋に戻るべきね。つまり〝逃げる〟に一票」
「私は、事情を正直に話すべきだわ。だから今は、出頭するのがいいと思うわ」
 オバちゃんは「逃げ」に、キヨコは「攻め」、というより「降伏」に挙手した。
「僕は……う、うん……逃げる、かな」
 ここにきてハラケンが渋る態度を見せ、口が歪んでいた。正直に言えば、ヤサコに賛同するだった。とは言え、そんな曖昧な理由は言えるものではなかった。
「……あたしは……」ようやくヤサコが口を開けた。「あたしは……逃げたい、けど……今のままだと、闇雲に逃げるだけ。それに……もう、ヤエに、辛い思いをさせたくない」
 その声は、次第に震えだし、泣く寸前の響きだった。ヤサコの手に擦すられるヤエは静かで、眠っているようだった。これ以上、守るべきものが傷つけるのが、何より怖かった。
「僕は、ヤサコが言った、ヤエの故郷へ行くべきと思う。だからこれは〝逃げ〟じゃないくて、送りに行くんだ」
 自分で言っている意味すらわからなくなりそうに、ハラケンはヤサコを弁護するように喋り出した。
「で、でもね、根拠が無いのよ。どうやって?」
 当然帰って来る反論だった。
「ヒントはあるわ」
 と、唐突にオバちゃんが何かを取り出した。皆に見せたのは、小さな透明のカプセル。もっともそれは、かつてデンスケを詰めた電脳カプセルの親指大だった。それには何やら黒い紙の切れ端のようなものが、入っていた。
「さっき逃げる時、道に落ちてたヤエの欠片よ。イリーガルはもともとのデータがウィルス化したのが多いから、これにももともとの姿を示すデータが、残されているかもしれない。これを解析してまでどこかで隠れて、結果次第で動いてからでも、遅くはないと思う」
 これには、子供達は「オーッ」と驚いていたが、まだキヨコは不満そうだった。
「…………ハァ、わかったわ。一時、町の郊外に隠れましょう。街中じゃあ混乱を招くだけですから」
 ようやく折れたキヨコの態度に、ハラケンとヤサコはフゥと安心したような息をもらした。
「だったら」急にイサコが口を挟んだ。「この後は、もっと少人数でヤエと一緒にいるべきと思う。まあ、ヤサコは言わずと知れた事だが、私は付いて行くぞ」
 確かに、今後の行動を思えば、少ない方が戦力は減るが、小回りはできる。
「それなら僕も行く!」
「しようがないわ。警察官の責務として、あなた方に同行します!」
 ハラケンとキヨコの発言で、これ以上は無理と、オバちゃんもフミエも黙ったまま理解し、頷くだけだった。
「確か、この辺りに私の車が置いてあるはずだから、それをこれからとって来ます。皆さんはここにいてね」
 そう言うと、キヨコは外へ駆けて行き、どこかへ姿を消してしまった。しかし、意外に早く車と一緒に戻って来た。
 乗っていたのは、四人乗り桃色コンパクトカーだった。
 急いで乗り込んだ四人は、窓越しに、今生の別れとまではいかないが、最後を惜しむように各々言葉を取り交わした。
「ごめんね、フミエちゃん。同じ探偵局員なのにあたしだけ……」
「いいのよ!まあ、あたしが行けない分、頑張ってよ。ところでイサコ、アンタも頑張りなさいよ。ちゃんとしなきゃ、また絶交だからね!」
 キッとフミエに睨まれたイサコは、無視しているかのように、何も言わずシートでベルトを締めていた。が、すぐに、
「……わかってる。今回は、私のプライドも懸かってる。必ず守ると約束する」
 力強いイサコの口調に、フミエは聞こえた以上の意思を感じたらしく、フッと微笑み返した。
「キヨコさん……」次にオバちゃんが声をかけた。「研ちゃん達をよろしくお願いします。今起きてる事は、もう私の手にも負えない領域に、なっているように思えるんです。どうか頼みます」
「……わかりました。この警察生命に代えて、彼らの生命をお守りします」
 もはや、オバちゃんの声の連なりは、切実な空気を帯びていた。それをキヨコは察したらしく、返事をすると、黙ったまま握手を求め、二人は手を交わした。
 エンジンがかかり、オバちゃんとフミエは車から離れ、手を振るとそのまま発進していき、東の方面へ去ってしまった。
 残された二人は、直ちにオバちゃんのバイクに跨り、一路メガシ屋へ走り出した。
 警察を除いて閑散とした道を、バイクで突き進み、障害なく到着できた。メガシ屋の表には、留守をしていた、アキラ、タケルが出迎えをしてくれたが、予想外にも京子を抱っこしたヤサコの母も困惑した顔で、三人の後ろに立っていた。
「お~玉子、フミエちゃんも無事じゃったか?」
 エンジンが止まり、二人が降りると、待ちわびたようにみんなが駆け寄って来てくれた。
「お姉ちゃん、無事でよかった~」
「無事じゃないわよ!あいつらにヒドイ目に遭わされたんだから!……まあ、あんたも今度ばかりは、サポートありがとう」
 怒ったり、優しかったりと変わる姉・フミエに、思わずアキラは困惑してしまった。
「玉子姉さん、お帰りなさい」
 後からタケルも寄って来たが、心配気な顔でヤサコの母も早歩きでやって来た。
「あ、あの、うちの優ちゃん、ど、どこなんですか?い、一緒じゃあ、ないんですか?け、研一君と、一緒なんですか?どうなんですか?」
 京子と共にヤサコの母は、怒りとも悲しみにも近い形相で迫り、思わずオバちゃんは慄いてしまった。
「すまんが玉子」すかさず、メガばあが出てきた。「悪いが役所まで儂を連れて、もう一っ走りできるかのう?」
「お義母さん、今は優ちゃんが……」
「静江さん……これはみんなの、優子の為に、玉子に頼んどるんじゃ。辛いのは百も承知じゃが、もうしばらく我慢してはくれんかのう?静江さんにも、留守をお願いしたい。頼む……」
 キョトンと驚くオバちゃんを横に、切実な目のメガばあに、ヤサコの母は真剣な眼差しで頷き、京子も黙ったままだった。
「……わかりました。フミエちゃん、ヘルメットを!」
 オバちゃんがフミエに、ヘルメットを渡すよう指示し、再びエンジンをかけた。
                ○
 黄昏を過ぎ、逢魔が時の頃、静まった街を異様な紅に染めた。微かにヒグラシが聞こえるも、心なしか弱っているようにも聞こえた。どの道も人通りがなく、ゴーストタウンとまではいかずとも、昼間っから寝ているようだった。
 熱が籠った市役所庁舎も、昼間に比べ人の出入りが減り、建物全体で疲れきっているようだった。
 庁舎の一画、電脳局局長室に、ネクタイを緩めたカツラギ局長が、紙のファイルを片手にソファーに腰掛けていた。メガネは電脳ではなく、度の入った老眼鏡で、何度もファイルを読んだり、団扇で仰いだり、ハンカチで汗を拭ったりと繰り返していた。
 気を許さぬ顔をしていたが、何やら廊下が騒がしくなった。誰か達が喋りながら部屋に近づいているようだった。
 と、急に静かになり、コンッコンッとノックが次にした。
「誰かね?」
「あ、あの、小此木です。局長にお会いしたいという人が……」
「……お通しなさい」
 すぐに扉が開かれ、メガばあ・一郎・オバちゃんの順で部屋に入って来た。その後ろでは、数人のスタッフが野次馬のように覗きこんでいた。
「久しぶりじゃのう、カツラギ」
「フンっ……早苗か」
 二人の会話に誰もが驚きの顔を見せた。
「「えっ!お、お知合いなんですか?」」
 思わず一郎とオバちゃんの声が重なり、後ろのスタッフ達も同じだった。
「おう、そうじゃとも。こ奴とは小学生以来の腐れ縁でな、メガネどころかパソコン以前の電子技術で張り合ったものじゃ」
「ああ、そうだとも。宏文とも仲が良かった。お前らとは良き親友であり、ライバルだった。まさか、その息子が儂の部下になるとは。立ち話も何だ、座れ」
 思い出を脳裏に浮かべると、カツラギ局長の促しでメガばあは、向かいの席に座り、後ろに一郎とオバちゃんが、立ったまま控えていた。
「そこの若い娘さんは?」
「儂の愛弟子、原川玉子じゃ。一時は息子の部下でもあった」
「弟子?まだ、探偵局をやってるのか?相変わらずだな。それで、何の用で来た?まさか、思い出話に花を咲かしに来たわけではあるまい」
「儂を復旧作業に協力させてほしい」
 その言葉に、ファイルをまとめるカツラギ局長の手がピタッと止まり、スタッフ達もソワソワとしだした。
「……せっかくの申し出だが、断る。民間人に頼るほど余裕はない。お引き取り願おう」
 毅然としたカツラギ局長に拒まれたが、メガばあも食い下がった。
「復旧成果は、あまり進行しておらんようじゃが?」
 すでに、一郎から聞き出しており、ある程度の状況を把握していた。
「……うむ、政府の対策班のおかげで、順調に見えたが、限界値があるらしく、それ以上は滞っている。だが、お前に頼るほど、我らは無力ではない」
「何を焦っておる?」
 メガばあの一言に、ムッと睨み返した。
「お主の眉の動き、昔と変わらぬのう」
 確かに、カツラギ局長の眉は妙なほど、リズミカルに上下に動いていた。
「どうして、関わろうとする?」
「もう関わっとるからじゃ」
「?」
「孫娘とその友人達が、事件に巻き込まれた。儂にはこの一件を解決する義務がある。意地を張っている場合じゃないぞ」
「意地なんぞ無い!」
 いきなり無気になり、慌てるような、真実を渋る声を荒げた。
「お前の助けを借りたところで、どれほど深刻な事情があろうと、もう間に合わん。もう、今からでは、時間が無いんじゃ、時間が!」
 脂汗を掻きながら、フルフルと震えながら、眼を伏せてしまった。彼の言動には一郎の方が早く反応した。
「どういう事ですか、局長?何があるんですか?」
「自衛隊です」
 突然、扉から声が響いた。そこにはスタッフ達をかき分けて現れた、ハタ代表だった。
「……お主は?」
 座ったままメガばあが、声を返した。そのままハタ代表は、メガばあ達に近寄って来た。
「私は政府より対策班班長として派遣された、電脳管理委員会の秦です。小此木室長のお母様で?」
 気味が悪いほど表情を隠し、メガばあを覗き込んだ。
「自衛隊とは、どういう意味ですか?」
 一郎が代わって聞いたが、聞きたかったのは後方のスタッフ達も同様だった。
「政府中央はこれ以上の復旧が見込まれない場合、有事法制に従い明日正午、陸上自衛隊の担当部隊を出動させ、電脳の復旧とテロリスト掃討をすると、一時間前に閣議決定された。発表は明朝にされるでしょう。これによりその間、メガマス社による半官半民体制は解体し、実質的に政府が市を直接管理、運営する事になる」
「そして、事の次第によっては、そのまま無期限に大黒市は完全な国営電脳特区になるかもしれんのだ……」
 ハタ代表とカツラギ局長の発言で、初耳の一同は騒然となった。
「そ、そんな!市長や本社は、認めたんですか?」
「この事態を解決できない民間企業に、一々伺う必要などない。市長も許可した。お国に従えば良いんです。そう言えば、こちらのお母様は先ほど、『孫娘が事件に巻き込まれた』と確かに仰いましたね?どういう事ですか、小此木室長?」
 食ってかかるはずが、逆にハタ代表に迫られてしまった一郎は、たじろいでしまった。その横で、オバちゃん何も言えぬ立場にあり、困り続けていた。
「ハタとやら」重い口振りで、メガばあが彼を見上げた。「ちっとは民間人の知恵というのも必要とは思わんかの?」
「何?」
「お主らのようなルールに固まった頭だけでなく、斬新で柔軟な考えを起こす我ら市井の頭も、少しは助けになるぞ。金も名誉もいらん。どうじゃ、儂の存在は非公表にする事だって、簡単じゃろ?」
 お互い睨み合いが続き、室内は緊迫して張り詰め、誰もが息苦しくなってしまった。
「……ここでやる気か?」
「いや、自宅でデータとそちらのシステムとのリンクで、儂の方で作業をしてやる」
「フンっ。無償などと。勝手にするがイイ」
 そう、ハタ代表は言い捨てると、部屋を出て行ってしまった。
「……早苗」カツラギ局長が声をかけてきた。「儂のメガネとリンクして、データ送信とシステムリンクをする。できるのか?」
「できる。やってやるわい。ありがとうよ、カツラギ」
「フッ、貸し借り無しだ」
 二人はそう言いながら、古い友情を噛み締めているようだった。
 そこへ、誰かが部屋に入って来た。
「おう、小此木室長!」
 オノ警部がウィンドウを片手に持っていた。
「どうされたんですか、警部?」
「俺の方のリサーチで、おかしな事がわかった」
「おかしな事?」
「街の電脳空間全体の管理システムに、直接アクセスした形跡を探ってみたら、最後のアクセスが、公務員用個別暗証コードだった」
 「公務員用個別暗証コード」とは、公務員が電脳空間にアクセスするに当たって、防犯の為に人それぞれで違った、それでいて柔軟に識別認証される特別な暗証コードである。担当の上層部公務員が持てるもので、それ以外は持てるはずが無かった。
「んで、その跡を探ったら、認証された暗証コードは全部、本物だった。偽装の跡も見られなかった。もっとも、アレの偽装なんて、世界一の天才だって簡単じゃない」
「……警部は何をお考えなんですか?」
「現段階での俺の推理だと、それを持ってる者の仕業、つまり、内部犯の可能性がある」
 これには一郎は驚愕の表情となり、様々な事を頭で巡らせていた。
 それを横で聞くオバちゃんは、その場では蚊帳の外だったが、ただならぬ事態に不安を募らせ、赤々とした窓に目がいった。
(……ヤサコ、研ちゃん……)

 つづく
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