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第五章 停止!大黒市
 つづき



『……番組の途中ですが、ここで緊急特別報道番組をお送りします。
 八時十五分頃、電脳特別行政区・大黒市において、大規模なシステムダウンが発生し、市内の各機関が機能を停止した模様です。
 大黒市はメガマス社による国内二例目の、半官半民の行政がなされ、電脳インフラが進むハイテク都市として知られており、我が国の電脳社会を担っています。
 現在、通信関係が遮断状態となっており、詳細な市内の状況は把握できておりません。現時点では、市全域が停電状態に陥っていると思われ、各ライフライン・交通機関はマヒし、市役所や現地警察署に当たる警察局も、機能停止状態と考えられています。
 この事態を受け、県庁では県知事の指示により対策本部を設置。間もなくメガマス本社でも、記者会見が開かれると思われ…………
 たった今新しい情報が入りました。さきほど首相官邸の危機管理センターに、対策本部の設置を政府が発表。現在、大黒市市長は東京に訪問中であった為、政府の対策本部に参加するとみられています。
 尚、新しい情報が入り次第、お伝えします。引き続き、電脳特別行政区・大黒市の大規模機能停止に関する報道です…………』
                 ○
 白髪の多い若いニュースキャスターTが、淡々と解説を続けており、全国がこの速報に食い入って見ていた。
 ヤサコ達も同じだった。と言っても、その画面はキャスターの輪郭がわかり難かった。ひどい乱れ様の画面ではあったが、見れないよりマシだった。
 話は数十分前に戻る。
 駅から戻るヤサコ達三人は、念の為にみんなに途中で直接会いに行く事にした。
「あっ!ヤサコ!イサコも!」
 その途上で、目の前から走って来るフミエとアキラに出会い、合流。
「おーいっ!無事か?」
 その後には、黒客四人が走ってやって来た。彼らとも合流し、メガシ屋に着いた。
 着くと同時にハラケンも現れたが、なぜか藪に隠れながらだった。
「ハラケン!何してるの?」
「あ、うん。オバちゃんに内緒で来たから、こんな非常時に外へ出たのがばれるとマズイんだ」
 しかし、停電状態の電脳世界では手も足も出なかった。
「心配ご無用!秘密兵器を復活する時が来た!」
 メガばあは、心配する一同を前に、メガシ屋の裏へ案内した。
 そこには旧式ながら、相当な馬力を持つ自家発電機が倉庫にしまわれていた。男子達によって日の下に運び出され、何とか配線をつなぎ、燃料を入れて動いた。これで何とかメガシ屋の電力は賄われた。
 家に上がるとヤサコの母が、天地がひっくり返らんばかりの大騒ぎ振りで、冷蔵庫・冷凍庫の食品を躍起になって救い出そうと、あるだけの保冷箱に詰め込んでいた。
 帰って来たのを見つけられた為、ヤサコも手伝う事となり、落ち着いてようやくメガシ屋に戻れた。戻った時には、メガばあの手でニュース速報を映す、大きなウィンドウが仏間に出ていた。
「オババ、一体何が起こっているの?」
「…………」
 ウィンドウが閉じられてヤサコは質問したが、メガばあは黙ったままとなり、俯くばかりだった。いつまで経っても顔は晴れず、腕組みして真剣な表情をし続けるだけだった。
 その脇では、ヤエを抱いた京子がボーっと見て座っていた。
「オババ……わからないの?」
「…………わかっている限りでは、街全体の空間ごとが、停止してしまったようじゃ。しかし、優子。これほどの規模は、聞いた事が無い。ちょっとやそっとのハッキングや、電脳攻撃ではないぞ。原因は皆目不明。儂の手には負えん」
 その口ぶりと背中の様子に、後ろに控えた一同も、各々顔を曇らせてしまった。
「ねえ。あのスーツ達は関係しないの?」
 ようやくフミエが口を開いた。
「ふむ。奴らに会って聞けば良いが。まず無理じゃろう」
「俺が思うに、」ガチャギリがしゃべり出した。「奴らの可能性も、低いように思えんだ。あいつらの狙いがヤエなのは間違いない。なのに、何で街をこんな事すんだ?関係ねえはずだろ?」
 それを聞いてみんな、「あ~確かに」と納得したが、疑問の答えは解決にならなかった。
「ねえ、あのキヨコの仕業って考えられない?」
 フミエの憶測に誰よりも、ヤサコがギョッとなってしまった。
「あの女もヤエを狙っていたんでしょ?しかもかなりの電脳技とリングも持っていたんなら、こんな事だって仕出かせるんじゃ――」
「いい加減にして!」突然、ヤサコが大声で立ち上がった。「キヨコさんは、こんな事する人じゃない!それに、今日話をしに来るって言ったのよ。それじゃ矛盾するわ!あたしは信じられない。あの人が犯人だなんて、ありえない!」
 さっきの京子の時以上の剣幕をヤサコは露わにし、誰もが度肝を抜かしてしまう勢いだった。
「……あ、で、でもね――」
「もう言わないで」
 それでも言おうとする、フミエへのヤサコ目つきは鋭かった。
「だがヤサコ」イサコが状況に構わないように、口を開いた。「直接の犯人でないとしても、少なくとも彼女はこの一件に関わっているのは間違い無い。それはわかるだろ?」
「……うん」
 イサコの賛同でも批判でもない言葉に、ようやくヤサコは冷静さを取り戻し、会話に入ってなかったハラケンがホッとしていた。
「とにかく今は、この事件を調べよう。この事件とヤエの一件が関係してるとは、まだわからないんだから」
 落ち着いたイサコの指揮で、自分達の当面の行動が定まった。
「うん、イサコの考えが今は最善と思える。できれば役所の方の動向がわかれば……」
 ハラケンの意見に、フッフッフッフッとアキラが妙な不敵な笑みを浮かべた。
「それにはご無用!すでに僕のミゼットを、市役所に潜り込ませています。幸い、あの時は影響を免れておりましたので、何の支障もございません」
「それならそうと、早く言えよ!」
 アキラの自慢は一瞬で、フミエのタッグが返された。
「と、とにかく、様子を見てみようよ」
「う、うん、そうだよ」
 デンパとタケルの促しによって、アキラは解放され、アキラの操作が始まった。
「う~、そ、それじゃあ、見てみますよ」
 ポチっと、ミゼットの眼による、映像ウィンドウが開かれた。
                ○
 市役所は未だ、大混乱の真っただ中だった。多くの車が無造作に停車された役所前に、メガマス本社の対策班を乗せて来たワゴン車も、五台止まっていた。
 とは言え、停電なのはそのままだった。市役所の大会議室に急ごしらえの発電機で明かりをとり、多くの公務員達と社員達が集まっていた。電脳が覚束ない今、彼らは忘れかけた作業手段に、大部分を費やして困り果てていた。
 パイプの椅子とテーブルの、山と積まれた紙の書類を前に、せっせと情報の収集と整理の作業に努めていた。しかも、扇風機すら無いこの場での仕事は、あまりに過酷だった。さらに、作業は一向に進まず、何の進展もなかった。
 団扇や扇子を扇ぐ中、暑さにより冷静さと集中力は大いに欠けており、焦りと苛立ちで次々と脱落者が続出。正確には仕事放棄か熱中症だった。
 すでに陽は雲の向こうで真上にさしかかり、昼過ぎとなっていた。
 そんな中でも、ヤサコの父・小此木一郎はわずかに動かせる電脳と体力で、書類と一緒に作業を続けていた。
「大丈夫かね?」
 後ろから年老いた声が、彼に呼びかけてきた。
「少しは休まんと、倒れるぞ。小此木室長」
「お気遣い、感謝します。葛城局長こそ、大丈夫ですか?」
「なーに。年をとったとは言え、そこらで倒れとる連中ほど、弱くはない」
 カツラギと呼ばれた老人は、この暑さの中でも茶色いスーツで、上着もしていた。背はヤサコほどの小ささで、白髪の四角い顔には、力強いしわが入っていた。ゴーグル型メガネをしており、レンズの中には細くともしっかりと見開いた眼があった。
 そして彼こそ、大黒市の電脳局の局長である。彼の技術力と知識は、日本電脳社会の黎明期から培われた、言わば電脳の仙人だった。
「しかしのう、君達が混乱するのも無理はない。このような事態は儂も、経験が無い」
 よっこらしょと、近くの空いた椅子にカツラギ局長は腰掛けると、おもむろにハンカチで頭の汗をふきだした。
「失礼ながら局長。今回の一件を、局長はどう見ておりますか?」
「ん?うむ……簡単な質問じゃが、一番の難題じゃのう。まず言えるのは、事故の線はありえない。全く無関係な分野にまで、似た影響が及んでおり、何かによる意識が入らん限りできない」
「では、人為的な?」
「だとすれば、大変な事だ」
 その返事の直後、フラフラと誰かが寄って来た。
「ああっ、あぢ~」
 ボサボサ頭で筋の良いアゴに、無精ヒゲを生やした男。一郎よりは年上のようだった。汗をダラダラかき、ネクタイはほとんどが解け、口には折れたタバコをくわえていた。さらにゴーグル型メガネもしていた。
「ったく~、こんな状況じゃあ、大した仕事はできねえなあ」
「君、禁煙じゃよ」
「こんな時に、禁煙も喫煙も関係ねえよ」
 火は点けてはいなかったが、タバコに反応してカツラギ局長は椅子のドガっと座る男を、キッと睨んだ。
「失礼ですが、あなたはどちら様で?」
 二人の間に一郎は口を挟んでみた。
「おっと、申し遅れたな。初めまして、俺は警察局電脳課の小野警部だ。今回の捜査を任された」
「私は空間管理室の小此木室長です」
 どっちが先だったかはわからなかったが、二人は手を相手に伸ばし、ギュッと握手を交わす事ができた。
「二人ともよく聞いてほしい」
そんな二人にカツラギ局長は、じっくりと見つめだした。
「この非常事態を一刻も早く解決するには、一致団結が必要。君達の電脳技術は相当のものだから、よく協力してほしい」
「お言葉ですが電脳局局長、メガマスがこれほど大勢応援を遣して来ても、一向に進展がないんじゃあ、意味ありませんよ」
 オノ警部の反論には、カツラギ局長はムッとした眼をしたが、反論はできなかった。
「それで、そちらのお仕事は?」
 気まずい中で、またしても割り込む形で、一郎は聞いてみた。
「ん?全くダメ。これが何者かによるサイバーテロなのは確実だが、手がかりゼロ。どうやってこんな大それた犯罪を引き起こしたのか、捜査は行き詰まりだ」
「その通り。これは犯罪だ」ようやく口を開いたカツラギ局長の言葉は、賛同だった。「明らかに今回の事件は、人為的な犯罪行為だ。だが、我々が最優先にすべきなのは、犯罪者を捜し出すのではなく、機能停止の原因を究明し、市民の為の復旧を急がねばならん」
「しかし局長、作業の進展も停止状態なのも事実です。これでは、解決に一体どれほどの時間を費やさなければならないのか……」
 頭を抱え出した一郎の一言に、他の二人は「それを言うなよ」と言わんばかりの顔で、やはりふさぎこんでしまった。
 その直後だろうか。
 ババババババババババババババババッ
「な、何だ、あの音は!」
「ヘリのプロペラだろ?さっきからマスコミの――」
 驚くカツラギ局長にオノ警部は、平気な顔で返事したが、一郎も異常に気づいた。
「いや、それにしては、音が大きすぎる」
 たしかに、遠くから聞こえる複数のプロペラ音よりも、すぐ近くで集まっているような、ほとんど爆音だった。
「大変であります、オノ警部殿!」
「何だあ、大伴警部補?」
 大急ぎで駆けて来た、ヘルメットをかぶったオオトモ警部補は、機動隊小隊長で、市内の治安維持に当たっていた。かなりの暑さの下でも、頭から重装備の防護服を着ており、滝のような汗をものともしていなかった。顔たるやアゴの突き出た四角い面長で、太いまゆ毛は力強かった。眼も力強かったが、電脳メガネはしてなかった。
「自衛隊の大型輸送ヘリ二機、小型ヘリ一機が、着陸準備を求めているようであります」
「なな、何?自衛隊ヘリ!」
 歳に似合わない勢いで、カツラギ局長は思わず飛び出し、皆も外へ出た。
 オオトモ警部補の指さす先には、確かに市役所上空をヘリ三機が、低空飛行で静止していた。大型輸送ヘリは機体上の前後に大型プロペラをつけたCH―47JA、小型ヘリは機体がスリムなOH―1だった。
「何で自衛隊が来んだ?聞いてねえぞ!」
 オノ警部は大慌てに騒いだが、誰も答えられず、混乱するばかりだった。
「とにかく着陸を求めているのなら、場所を作らなければ。すぐに私立高校のグラウンドに誘導するんだ!」
 一郎の発案に誰も異論を唱えず、すぐさま高校のグラウンドへ動けるだけの職員が向かった。幸いグラウンドは誰もおらず、学校側もすんなり受け入れてくれた。
 直ちに白線で丸にHの仮設ヘリポートが三つ作られ、オオトモ警部補が大きな団扇で誘導してみた。
 何と相手はこれに気づき、輸送ヘリ二機が降下して来た。砂ぼこりを巻き上げながら、ドシンっと爆音とともに降り立った。さながら、災害派遣の様相だった。
 残る小型ヘリは上空で下を伺うように旋回し、すぐにどこかへ飛び立ってしまった。
 ヒュンヒュンとプロペラがまだ回る下でドアが開き、スーツ男三人と自衛隊員が現れた。彼らはズンズンと、グラウンドの端に隠れていた一郎達に迫っており、一郎やカツラギ局長にオノ警部が出迎えに向かった。
「いやあ、どうもどうも。突然の訪問、お許し下さい。なにぶん、連絡がとれなくて」
 近くに来ると、先頭の背の高い面長な男が、ワザとらしいような口ぶりで言ってきた。
「お手前は?」
 そんな面長にカツラギ局長は、敵意にも似た口調で聞き返した。
「これは失礼。私は国土交通省電脳管理委員会犯罪対策部東日本担当部長衆議院議員の、秦代表です。お見知り置きを」
 これには一郎達も、自己紹介を返した。オノ警部は「長ったらしい役職名、短けぇ名字」と、思ってそうな顔を見せたが、この電脳管理委員会こそ、日本の電脳社会を行政から管理・統轄する政府機関である。
 そのハタ代表は茶色いスーツで、ネクタイまでしており、この暑さにも関わらず、汗一つしていなかった。七三分けのテカテカ黒髪で、ゴーグル型電脳メガネをしており、その中の眼は太い眉の下でパッチリと丸く、怖いほど無表情だった。
「さて、私は今回の事件解決の対策班班長として、政府より派遣されました。これに伴い、私は大黒市市長からその権限を委譲されましたので、みなさんは私の指揮下に入ってもらいます。そして、メガマス社の対策班は直ちに帰還してもらいます」
「んじゃ、あんたが市長代理?」
 オノ警部の驚きにハタ代表は大きく、余裕ある頷きを見せた。しかし、一郎は彼に食ってかかった。
「そんな!市議会を無視して、そんな決定を。それに我々対策班の作業は、まだ終わってません!」
「現状において、市議会は無いも同然。この決定は、市長と県議会の承認と本部の判断によるものです。それに、あなた方民間企業だけで解決できるヤマではない。否、するべきでない。第一、あなたの言う作業は、進展しましたか?復旧の目途は立ちましたか?」
「…………いえ」
「ならば、即刻受け入れと撤退の準備を、整えてもらいましょう。私は輸送に協力してくれた自衛隊と話をせねばならんので、失礼」
 クルッと戻る、ハタ代表の見下すような口調に、一郎は悔しそうに歯を食いしばったが、カツラギ局長が肩をポンッと叩いてくれた。
「止むを負えんよ、小此木君。上の決定には逆らえん」
 カツラギ局長の慰めに小さく頷き、なくなく職員達のもとへ戻った。その途中、
「なあ、局長」オノ警部が耳打ちをしていた。「何か怪しいぜ、あのハタって奴」
「〝刑事の勘〟かね?」
 お互い二ヤッと何かしら合図し合ったが、一郎は全く気づかなかった。
                ○
「何か、ズルルルッ、ヤバそうね。モグモグ」
「うん。こりゃあ、ハアッグ、大事だなあ。ムグッ」
 フミエとダイチはラーメンをすすり、おにぎりをほおばっていた。
 市役所方面の様子は、逐一ミゼットの眼から中継映像で、メガシ屋のヤサコ達に伝えられていた。そんなヤサコ達は、メガばあが用意してくれたコンロや七輪で、お湯を沸かして即席ラーメンを食べたり、もはや保温ができなくなったご飯でおにぎりを作ったりして、いくさ前の腹ごしらえをしていた。
 探偵局も黒客も、美味しく腹をふくらましたが、ヤサコの食は細かった。無理も無かった。映像の向こうで自分の父が、悔しそうな様を見るのは子として辛かった。
「ほれ、優子。食わんと元気出んぞ」
 メガばあはそんなヤサコを察してか、大きめのおにぎりを手渡した。弱々しい感じで受け取るも、元気な手ではなかった。
 彼女の様子に周りも、雰囲気は気が重くなろうとしており、イサコやハラケンは手が止まっていた。
 ガンガンガンッ
 いきなり、メガシ屋のガラス戸が強く叩かれた。非常時の為、今は臨時休業だった。「ホイホイ」とメガばあが、杖をつきながらヨチヨチ向かっていった。ガラガラと戸を開く音がしたと思ったら、ドカドカと誰かが上がって来た。
「研ちゃん!さあ、帰るわよ!」
 喜びの顔かと思えば、怒りの顔へコロッと変わるオバちゃんだった。
「オ、オバちゃん!ちょっ、ちょっと待って!」
「何言ってるの、こんな時にここにいちゃダメ!あんたらが誘ったの?研ちゃんは連れて帰りますからね!」
 ハラケンの助けに誰もが手を差しのべようにも、キッと睨みつけるオバちゃんの気迫に一同は怖気づいてしまい、ただ見ているしかなかった。メガばあも、これ以上干渉していいのか、困っていた。
 ピンポーンッ
 母屋の方から玄関の、呼び出し音がメガシ屋にも響いて来た。少しの間を開けて、母が廊下から顔を覗かせてきた。
「優ちゃん。お客様よ。マツザワさんって言う方が……」
 その母の知らせに、オバちゃんを含め一同、固まった。ついに来た、この時。
「……こっちにお通しして」
 力無いヤサコの返事で、母は母屋へ戻って行き、すぐに彼女、マツザワキヨコが廊下に現れた。
「……こんにちは、優子さん。〝ヤサコさん〟の方がいいかしら?」
 その姿は、夕べと同じ黒いロングヘアで、黒いワンピース。違ったのは、上着をしており、薄生地の淡い水色ブラウスで、着物のような広い袖には、肩から長くカットが入っており、腕の白い素肌が露わになっていた。
 キヨコは笑顔を見せてはいたが、どこか物悲しい影が入っていた。
 仏間は大急ぎで片づけられ、十三人が室内でギュウギュウに座った。仏壇の前には小此木家の三人。廊下側に黒客、反対側にイサコに探偵局、タケルが控える形となった。そしてキヨコは、仏壇を向かえ合わせになって正座した。まるで、被告人と裁判長が対峙する法廷の様だった。ヤエはもちろん、京子の腕の中。
 しかし、アキラだけは市役所の監視を続けねばならず、廊下のど真ん中で、ウィンドウを見守っていた。
「さて、マツザワキヨコとやら。お主は何者で、何を知っておるのじゃ?」
 メガばあの質問に、キヨコは小さく深呼吸し、その動きにみんなが注目していた。
「色々知っております。小此木優子と祖母の早苗、祖父の宏文。天沢勇子と兄の信彦。原川研一と叔母の玉子、葦原カンナ。猫目タケルと兄の宗助。もちろん、みなさんの過去も。そして、α型イリーガルのヤエ」
 淡々と話す言葉の一つ一つに、名を上げられた者は、驚愕の眼差しに変わった。公けにしていないはずの、自分にとって様々な意味の「過去」を知る者に、驚きを隠せなかった。
「私は市立中央図書館の新任司書とは、世を忍ぶ仮の姿。しかして真の姿は――」
 そう言いながら、彼女は懐のポケットから、黒い折りたたみ式手帳を開けてかざした。
「警視庁公安部電脳対策係の警部、松澤清子です」
 開かれた手帳には、紛う事なき五角形な旭日の警察マークと、警官服の彼女の顔写真。手帳も彼女も、全てが本物だった。
 予想を超える正体に、さっき以上に誰もが度肝を抜いた、それに食い入る顔をしていた。
「公安警察……うぬぬぬ……公僕の手のものじゃったか」
 メガばあまでもが、冷汗をかきながら、自身の中で情報を整理しているようだった。
「公安……って、何?」
 真剣な目つきのままの、ヤサコの質問に、室内の緊張はほんのちょっと、薄くなったようだった。とは言え、その質問はダイチもフミエも、大半が聞きたかった事でもあり、誰もホッとする表情はあった。
「……あ、えっと……公安警察って言うのはね――」
 これに答えたのはキヨコだったが、拍子抜けなのか、少し慌てながら冷たい顔色を消し、あの優しい顔になっていた。
「組織犯罪やスパイ、ヤクザなんかを、普通の刑事や警官のような表だった捜査はせず、秘密裏に取り締まる警察組織。私は東京の警視庁の公安部に所属しているの」
 わかりやすい説明の仕方に、一同はさっきまでいたキヨコとは、別人を相手にしているのではと、錯覚を覚えてしまいそうにもなった。
「それで、あなたは今回の事件に、どう関わっているの?」
 顔色変えぬオバちゃんの問いに、またキヨコは、キリッとした眼に戻った。
「もちろん、捜査です。しかし、その一件は、まだ公表されていない事件なんです」
「事件?」
「…………みなさんがこの事態の渦中に巻き込まれてしまった以上、私の知る限りを、お教えしなければなりませんね」
 イサコの言葉で、キヨコは重々しい雰囲気を出し、説明を始めた。
                ○
「事の始まりは三ヶ月前。中央のとある政府機関が、古い書類やフィルムといった情報のデータベース化、つまり電脳化による整理に踏み切った。それまでその機関は政府内部でも、とくに伝統を重んじる組織で、電脳化はある意味タブーですらあったの。
 ところがひと月半前、その未完成の電脳空間にハッキングが発生した。しかも分析によってそれが、非公式のコンピューターウィルス・イリーガルと判明した。直ちに駆除がされたけど、間に合わず逃げられた。損傷を確認した結果、あるファイルデータが消失していた。解析したところ、あのイリーガルがデータをそっくり持ち出した痕跡があった」
「……それが、ヤエの持っている、キラバグを変容させたデータ……」
 ヤサコにウンと頷きでキヨコは返事した。
「そう、名前は『データY・D』。コードネームの意味は知らないけど、残されたデータの残留から反応を手繰って行ったら、この街に辿り着いたわけ。司書としてさらに詳しく探したら、あなた達から反応が確認できたの」
 皆が納得する間もなく、
「そ、そ、それって、M資金のデータなんだろ?」
「そ、そのM資金の在り処の、地図か何かなんでしょ?」
 静かな室内をダイチとフミエが、興奮しながらキヨコに迫った。彼らの勢いに誰もが、驚くか呆れてしまった。しかし、当の聞かれたキヨコはキョトンとした表情で、いがみ合ってもいる二人に向けていた。
「え?M資金?……ああっ。残念だけど、それとこれとは無関係よ。ネット上をヤエが動き回っているうちに、そんなデマカセができたのよ」
 あっさりと否定された二人は、思考停止となり、フミエはヤサコに、ダイチはデンパに肩を撫でてもらっていた。
「あ、それで、キヨコさんはデータY・Dの中身を知ってるの?」
 デンパの質問に、キヨコは首を横にふって答えた。
「この件に私が携わる事になったのは、その政府機関に所属しているある人物が、私の上司のタチバナチーフがよしみだった事で、チーフに特命の捜査を依頼してきたの。と言っても、データY・Dの中身も、政府機関も人物も、詳細は私には知らされていないの」
「じゃあ聞くが」イサコが鋭い目で聞いて来た。「あの黒尽くめ達は何なんだ?相当な腕の持ち主だし、第一、アンタと同じリングを持っていた。一体街で、何が起きてるんだ?」
 この質問には、キヨコの顔色がさらに暗くなってしまった。
「実は、データをハッカーや暗号屋が現れる以前に、謎のグループが確認されていたの」
「グループ?」
「彼らは相当な規模の組織らしく、あの黒尽くめはそのエージェント。かなり手強いわね。この停電と奴らが関係してるかわからないけど、かなりヤバイ事態になっている。もともと、こういう特命依頼はうちでは受けないんだけど、調べていったら、やっぱり仕事の領分の犯罪だとわかったの。ま、あとは窓際のあそこぐらいだけど」
 事の次第が知らされたが、一同、別々の思いで受け止めているらしく、不安な事しか共通していなかった。
「それで、キヨコさんは、最終的に何をしたいの?」
 ハラケンの問いに、キヨコは今までにない、キッパリとした眼つきに変わった。
「私の最終目的は、ヤエをデータごと、誰の手にも渡さずに、削除する事です」
 その一言で、誰もが覚悟を決めなければという心になり、部屋と同時に暗くなった。
 ただ、京子だけが嫌がった。ヤエを抱いたまま立ち上がり、後退りした。
「……ヤダ、ヤダヤダ!ヤエ、消したくない!おねがい、もうちょっといたい」
 ヤサコは「しかたがない」、そう言い聞かせたかった。父との約束でヤエを消す事は必然だった。だが、京子以上に諦めたくないのは、ヤサコ自身の方だった。
 そんな態度の京子にキヨコは、何と返せばいいのか困り出し、言葉に詰まっていた。
「やっぱり……そうするべきじゃあ、キヨコさん言う通りにすべきだと思う」
 賛成を口に出したのは、ハラケンだった。みな顔を上げたが、ヤサコだけが、驚きの顔を上げていた。
「ヤエをこのまま悪い連中に渡す前に、失くす事が最善と思える。そうすればきっと、この街の異常も止まるかもしれない。京子ちゃんには辛いかもしれないけど、今はキヨコさんに任せてみたら」
「いや」
 ハラケンの言葉を、下に俯いたままヤサコが遮った。
「私、今するべきじゃないと思う。たとえ、ヤエと街の異常が関係していたとしても、消す事で全部が解決できるなんてわからない」
「それじゃヤサコ、君は一体どうすればいいと思ってるんだ?」
「……帰す、のがいいと思う」
 意味不明なヤサコの考えに、理解できる者はいなかった。
「ヤエは、きっとどこからか、迷い込んで来ちゃって、きっとそのどこかに帰してあげるのが、私には最良に思える」
「……そ、そんな全く根拠の無い!それにどうやって、帰すって言うんだ?無理だよ!」
「わかってる。でも、消す事だって、正しいなんて思えない。あたしだって、どうすればいいのか……」
 怒りそうになったハラケンは、口をつぐんだ。下を向いたヤサコが、泣きそうな顔にも見え、自分の言葉で傷つけてしまったのではと思え、自身の中で辛いと感じる影が心に射したようだった。
 その周りのみなは、どう話をしていいのか、困っているようだった。立ち上がっていた京子も座り、フミエもダイチも難しい顔となり、デンパは悲しげになり、キヨコは眼を伏せており、タケルやイサコは眼をつむっていた。
 薄暗い部屋には、障子の向こうから射す夏の日差しが、雲が通り過ぎたりし、明暗が何度も畳の上で繰り返されていた。
「た、たっ、大変です!」
 いきなり廊下から、アキラが飛び込んで来た。「何よ!」とフミエが怒鳴っても、ウィンドウを手に慌てたまま、一同の前に来て叫んだ。
「敵が来ます!」

 つづく
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