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第六章 最後の黒龍
 つづき




 スイ―ッチョン、スイ―ッチョン、スイ―ッチョン
 リーリーリーッ、リーリーリーッ、リーリーリーッ、リーリーリーッ
 シャリ――ン、シャリ――ン、シャリ――ン、シャリ――ン
 チンチロリンッ、チンチロリンッ、チンチロリンッ
 もう夜だった。
 ホーウホーウ、ホーウホーウ、ホーウホーウ
 ヲッホ、ヲッホ、ヲッホ、ヲッホ、ヲッホ、ヲッホ
 街では決して見れない、満天の星空。ここは、大黒市から郊外どころか、かなり離れた木々が鬱蒼と茂る山の中腹だった。夜行性の動物が動き回り、虫達が秋とは違う合唱をしていた。フクロウやブッポウソウも聞こえてくる。
 東の夜空の山裾から、煌々と光る膨らんだ半月が現れていた。その月光りに、街灯が等間隔にある山道を行く、一台の乗用車が照らされていた。ヤサコ達を乗せたキヨコが運転する、コンパクトカーだった。
 後部座席にハラケン、イサコ、ヤエを抱いたヤサコが座り、当ての無い逃避行を続けていた。みんな起きていたが、ずっと黙ったままで、各々で何かを考えているようでもあった。ヤサコはヤエを擦り続け、その様子をたまにチラッと見るというのも、続いていた。
 キヨコが前方に何かを確認し、スピードを減速した。
「みんな、あそこで一晩を明かしましょう」
 久しぶりに響いた人の言葉に、一同はハッと気づき、パッと顔を上げた。
「えっ、どこに?」
 ハラケンが前に乗り出すと、キヨコは暗がりの前方を指さした。
 暗闇の中から、ライトによって建物が浮き出てきた。道路脇に無人と思われる、古めかしい、朽ちかけたお堂だった。
「……おい、あそこで野宿か?」
 絶句する彼らから、イサコが驚き、そのまま何の躊躇なくキヨコは、そこへ進ませた。
 ところが、車はお堂の横をすり抜け、そのままお堂裏に駐車してしまった。
「こうすれば、追手から車ごと隠れるでしょ」
 そう言いながらエンジンを切る彼女に一同、感嘆と言うべき眼差しを送った。
「さあ、ご飯にしましょう」
 笑顔で振り向くと、助手席に置いてあった布袋を後ろに差し出した。日没直前にコンビニで買ったおにぎりが、十個ほど入れてあった。
 いきなり渡されてみんな驚いたが、そのまま各々袋に手を入れ、一個ずつおにぎりを手に取った。
 包みの表示には、イサコは昆布、ハラケンは梅干し、ヤサコは紅シャケの具だった。
「ほら、元気出して!いただきます!」
 そう言ってキヨコが頬張ったのは、天むすだった。そう言われて一同も小さく、「いただきます」と答え、口に運んだ。
 ヤサコはヤエにもあげようと思い、シャケのひと欠片を運んだが、ヤエは寝たままで、諦めた。
「あの、キヨコさん……」ハラケンが心配そうな声で聞いて来た。「キヨコさんはこれから、どうするおつもりなんですか?」
 聞いていいのかわからなかったが、不安を払おうとしてくれるキヨコの配慮が、逆に煽るように感じてしまっていた。
 聞かれた当人は、お茶のペットボトルから口を外す時だった。
「……う~ん、一応このまま県外に出て、私が信頼する仲間に、ヤエを保護してもらうわ。それから適切な施設で処理するつもり……」
 急にキヨコはトーンを下げてしまい、ヤサコの顔色を窺っていた。
「……削除は辛いと思うけど、こうなってしまった以上、私は私なりの責任として、責務を全うしなければならない。今、あなた達みんな、大黒市民の為に、こうするしかないの。理解し難いのはわかるわ。
 私だって、今ここにいるのは私の意志だけじゃなく、命令でいるの。だから、自分の中で本当はこうできるんじゃないかって、何度も頭に思いついても、結局は従わずにはいられないの。苦しい性ね」
 真っ暗な闇に覆われた森を、眺めながら語り続けた。言い終わっても、まだ見つめていた。
 ハラケンはペットボトルを持ち、イサコは一口ずつ食べ続け、ヤサコはおにぎりを持ちながら、キヨコの苦しさをヒシヒシと聞いていた。今この場にいる全員が、平気な者などいないと、理解できたように揃って思えた。
 ピルルルルッ、ピルルルルッ
 突然、指電話コールが車内で静寂を破り、みんながギョッと反応してしまった。受信したのはキヨコのメガネだった。
「…………あ、チーフ!……もしもし、タチバナチーフ」
『ああ、松澤さん!無事だったのね?』
「ご心配おかけして、申し訳ありません。ちゃんとご報告、すべきでしたが……」
『いいのよ!いいの。あなたの声が聞けて、安心はできたわ。現状はどうなの?』
「はい。現在は小此木優子、原川研一、天沢勇子、イリーガルのヤエと一緒に、大黒市郊外、東方面の山中で車に乗っています。このまま一晩明かして、仲間に接触する予定です」
『……あまり、いい案ではないわね。残念だけど、こっちの組織内部でも、信用できる者は少ないわ。あなたの言う仲間も、一〇〇%とは言い難いわ。それに、これは未発表なんだけど、明日正午、これ以上街の状況が変わらない場合、自衛隊を出動するの』
「えっ」
『彼らが事態処理に当たるの。そうなると、街は完全な国の管理下になるわ』
 驚きながらキヨコは、ずっとキョトンとしながらこちらを見ているヤサコ達に、今になって気づき、焦りが沸き上がって来た。取り繕うように笑って、誤魔化そうとした。
「あ、ちょっ、ちょっと待って下さい……あ~ごめんね。電話してるのは、ほら、今日話した私の上司の、タチバナチーフ」
 彼女の慌て振りに、真剣な時とのギャップで、みんなの緊張感は知らず知らずに解けた。
 一方、電話の向こうでタチバナは、落ち着いたままだった。卵のような丸い顔で、小さい円らな瞳。肩より少し長く、青黒いショートヘア。濃いグレーのスーツをしており、今は上着を脱いで、純白のシャツを上にしていた。
 警視庁本部も、大黒市における事態で、未だ大騒ぎが続いていた。夜になっても、廊下を様々な立場の人が、引っ切り無しに右往左往し、慌ただしかった。
 秘密の連絡であった為、デスクを離れて、人影の少ない資料室の奥で通信をしていた。
「実はね、松澤さん」
「あ、はい!」
 キヨコが電話に戻ると、タチバナチーフの声は、重々しい口調になっていた。
「今回の一件で、その……例の特命を依頼した人物と、今、電話がつながっているの」
「……え!そうなんですか?」
『このような事態に発展してしまった事で、できるなら現場にいる君達と、話をしたいって言うの』
「は、はあ……」
 横で見守る三人には、どんな内容の会話がされているのか、皆目わからず、キヨコの声を聞くしかできなかった。
 そう思っていると、ピッと電話を切ると、ウィンドウを出して何かを打ち出した。
「ねえ、みんな。みんなと話がしたいって言う人がいるんだけど……いいかなあ?」
 突然、話が振られ、どう答えていいのか、一瞬誰もが戸惑ってしまった。
「話って、上司のタチバナさんですか?」
「う~ん……ちょっと違う。あの人も聞きたいとは思うけど、その人ってのが、今回の依頼主なの」
 その言葉で、三人はザワッと慌てる顔を見せた。この事件の、ある意味で一因でもある人物が、話を求めてきている。どう対応していいのか、怒り・悲しみ・好奇心が入り混じり、表現し難い心が各々で交差していた。
「ん?話とは言ったが、私達のうち誰と話をしたいんだ?」
「全員よ。あ、それでこれをダウンロードしてほしいの」
 イサコの疑問にそう言うと、宙に小さな画面を出した。そこには「同時複数通話プログラム『クロ・コル』」と書いてあった。
「これでみんなと一斉に、通話ができるわ」
 何も言わずに、言われるまま三人は画面操作して、ダウンロードを完了した。
「それじゃあ、いくわよ」
 そう言いながら、キヨコが操作すると、指電話を構えた三人の耳に、ビューンっと言う電子音が響き、すぐにつながった音がした。
『……みなさん、こんばんは。私は松澤清子の上司、橘です』
「「「こ、こんばんは。小此木優子です」原川研一です」天沢勇子です」
 三人同時に、タチバナチーフの挨拶にしてしまった。それに一同気づき、思わずお互いに見合わせてしまった。
『感度は良好のようね。この度の一件に、君達を巻き込んでしまった事には、私からも謝らせて下さい』
「は、はあ……どうも……」
 ハラケンがタチバナチーフに返事をしたが、どことなく元気は無かった。複雑な思いはわだかまり続け、ヤサコとイサコも同じ気持ちだった。
『こんな時に、こういう事をするのがいいかわからないけど、あの方からの話をお願いしたいの……それじゃあ、いいかしら?』
「いいわよ」
「……うん、僕もイイよ」
 イサコとハラケンは揃って答えた。
「あ、あの~…その人、何て呼んだらいいんでしょうか?」
『…………そうね。一応、私達の間では、本名は口にできないの。だからあの方を、〝御前様〟と呼んでいます。それでよろしいでしょうか?』
「……お願いします」
 その答えを待っていたかのように、さっきとは違う電子音が聞こえてきた。
『――――――――――――――――――』
 無音が続いた。確かにどこかとつながっているのはわかったが、声一つ、物音一つ聞こえてこなかった。無音から来る不可思議な響きは、耳に入って来てはいた。
『…………あっ、通じていますか?』
 ようやく、素っ頓狂な声がした。物静かな、ゆっくりとした口調で、かなり高齢なお爺さんの声と判別できた。
『あ、こんばんは』
「「「こ、こんばんは」」」
『どうも、小此木さん、原川君、天沢さんですね?初めまして、わたくしは……その……あっ、御前様、です』
 どこか恥ずかし気で、茶目気も感じられる老人なのだと、理解はできた。
                ○
 薄暗い洋室の書斎には、様々な植物の柄が描かれた、絨毯が敷かれていた。濃い木目のある大きな机に、その御前様は、真っ黒なスーツを身にし、赤いソファーのついた椅子にゆったりと、腰を休ませていた。
 机には緑の笠のスタンド、多くの本。壁を見ても、書斎なのだから当たり前だが、高く幅広い本棚が並んでいた。しかし、本も棚も半端ではない数であった。
 室内には別に従者が、二人控えていた。年上の男は御前様のそばで立ち、年下の男は離れた位置の机に座っていた。年下の男はメガネをしており、ウィンドウを開けて、何か操作をしていた。
 一方、当の御前様は何もつけておらず、黒い最新の電話機の受話器を耳に手にしていた。
「最近は、便利になりましたが、生憎わたくしは、電脳メガネを、持っておりません。ですから、皆さんが言う、家電を使っています」
『はあ、そうなんですか……』
 ヤサコは不思議そうに言葉を返した。
「……ふう……」御前様は深呼吸し、大事な話をしようと、心を整えた。「皆さん、申し訳ない。わたくしの依頼から、こんな一大事になってしてしまい、あなた方に、これほどのご迷惑を、おかけしてしまった事、弁明の余地などありません。それに、その……ヤエ、ですか?それにも、辛くさせてしまった。お許し、お願いしたい」
 眼前に彼らはいないにもかかわらず、御前様は受話器を持ちながら、深々と頭を下げた。そばの従者達にとっては、そんな姿と態度が、痛々しく辛かった。
 遠く離れた山中の車中で、その言葉を聞くヤサコ達は、複雑な想いで受け止めていた。
 イサコは御前様が気に入らないらしく、不機嫌に聞いているばかりだった。ハラケンは返事をしようとは思っていたが、どう答えるかが、長く思案してしまった。
「ありがとう、ございます」
『え?』
 御前様にヤサコは、返事をしたが、その意味するところが、誰も理解できなかった。こんな場と立場では、感謝の余裕は考え難かった。それでも、ヤサコは答えた。
「ずっと、心配していたんです。キヨコさんの依頼主が、どういう人なのか。でもちゃんと、あたし達やヤエを想ってくれる人だって、わかりました。とても、安心ができて、嬉しかったんです。だから、ありがとうございます」
『……そう、想え、ましたか?』
「はい」
『……そうですか。そう想っていただけるのなら、わたくしも、嬉しいです』
 ようやく、どちらの雰囲気も落ち着き、一部分とは言え、お互いに好印象の理解ができたようだった。
『さて、それではさっそく、本題をお話ししたいと、思います。皆さんを、この一件に、巻き込んでしまった以上、全ての真実を、ヤエが持っている、「データY・D」が、何であるかを、知る必要と、権利が、あなた方には、あります』
 重々しくした御前様の言葉に、車中の四人は覚悟を決めるように、感覚を身構えた。
「御前様、松澤です。私も『データY・D』は知りたいです。一体、『データY・D』とは何なんですか?」
 キヨコは攻めの言葉で、ためらわずに聞いた。
『わかっております。これは、まだ、橘さんにも、お話ししていません。あなたにも、今、聞いております、橘さんにも、是非とも、わたくしの知る限りの、真実を、聞いていただきたいです』
 急に、タチバナチーフに話が振られ、冷静でいた彼女も、驚いた。
『真実を、お話しする為に、今から、「データY・D」にある画像を、お送りします。こちらの手元には、電脳化する前の、オリジナルである、紙資料のファイルが、あります。日向、お願いします』
 御前様は最後に、「ヒュウガ」とその場にいた若い従者に、声をかけた。一時、受話器から離れたらしく、声が小さかった。
 かすかに「はい」と誰かの返事が聞こえ、その直後にタチバナチーフとヤサコ達に、画像が送信された。
 受信を確認したキヨコは、その場で画像を開いた。画像はヤサコ達の前で、宙にスクリーンが映された。
「…………?…………!」
 誰もが、最初は全体像が理解できず、画像の中心がどこなのか、しばらく眼で探った。しかし、理解できた時は、理解し難く、理解したくないという、知りたかった感情に反する、否定の衝動にかきたてられた。
 それでも、御前様は構わずに、それが何であるかを語り続けた。
『〝それ〟は、本物の、龍の化石。その、発掘現場の、写真です』
                ○
 写真はセピア色に変色した白黒写真で、大きな崖の前に、十数人の男の大人達が、各々の態勢で立っていたり、座っていたり。半分は旧日本軍の軍服を着て、もう半分はスーツか、工事現場の作業員みたいな格好だった。みんなカメラ目線で、微笑んでいたり、引き締まった顔をしていた。
 そして、その背後には、崖の中から巨大な骨が、姿を覗かせていた。頭部から腹部にかけての骨格が写っており、大きなしっかりとした前足があり、長い首の先は、巨大なワニのような頭蓋骨だった。
 しかし、一見すれば、何ら普通の恐竜かワニの化石と見えたが、すぐにそれを否定するモノが視界に入る。
 後頭部からは、長い鹿のような、枝の別れた角が二本伸びていた。第一、このような骨格の生物は、全体の各部位とバランスが不釣り合いで、ありえない形態の生物だった。
 あり得るならば、短命な遺伝子異常の産物だが、それにしてはあまりにも美しく、夢を完璧に体現した姿である。
 ここから長い、物語がはじまった。
「かつて、この国が、今とは違う姿の、国だった時代。当時、中国東北部には、独立国家、満州国がありました。しかし、その実像は、日本軍によって支配された、傀儡国家でした。
 ある時、奉天、現在の瀋陽市郊外で、日本からの開拓移民団の、一人が、〝それ〟を発見したんです。この情報を知った、現地日本軍の関東軍は、直ちに出動し、現場を封鎖。極秘の発掘がされました」
『あ、あの…この写真で聞きたい事が……』ヤサコが恐る恐る、聞いてみた。『気になったんですが、どうしてこの人達の真ん中に、女の子が混ざってるんですか?』
 これには、ハラケンやイサコも、ヤサコの指摘でようやく気付いた。
 改めて見てみると、確かに中央で立つ、目の細い将校の後ろに隠れるように、女の子の姿が見えた。
 前髪の一束を紐で髪留めした、黒髪のおかっぱで、着物のような上着にモンペを穿いていた。モノクロで見え辛かったが、怯えては見えず、むしろ安心した口元だった。潤んだ瞳で、下膨れの顔をしていた。
「ああぁ……よく気づかれました。その子こそ、龍の第一発見者なんです。ひどい時代ではありましたが、そばにいる、石原参謀の計らいで、カメラに写る事を、許されたんです」
『あ、それじゃあ……』次にハラケンが質問をした。『龍の首辺りに、何だか、玉のような物があるように見えるんですが……?』
 写真の奥、長い頸と思われる骨の部分に、白い球体状の何かが一緒に埋まっていた。
「…………それこそ、この『データY・D』の核心なんです」
 御前様は、より一層重い口調で、また語り出した。
「発掘された、骨と球体は、現地の大学に保管され、分析がされました。化石の年代は大よそ、中生代白亜紀後期、約八千万年前でした。
 問題はあの球体。記録によれば、真珠のような輝きを持ち、大体、サッカーボール大。その一部から、成分を調べた結果、未知なる物質と、確認されました。それは、『龍玉』と命名しました。
 さらに、その物質を調べたところ、驚くべき結果が判明しました。それは二つ。一つは、無尽蔵のエネルギーを産み出すパワー。そしてもう一つが、生命活動を永久的に維持させる効能。すなわち、永久機関と不老不死、〝永遠〟を現実にする物質とわかったのです」
 聞く側としては、ポカーンな具合に、呆然と耳から頭に流すしかなかった。
「荒唐無稽と聞こえるでしょう。非現実的と思えるでしょう。まあ、仕方無いでしょうが、これが、夢と言う事実なんです。
 しかし、その効能には必要量があり、あの龍玉一個で約二人分、戦艦一隻をまかなえると計算しています。軍上層部はこれらを知り、その成分から人工の龍玉を量産する事を命じました。そして、その為の研究チームが結成され、人工龍玉を作ろうとしました。その計画を、あの少女の出身地から、名を借りて、『八重山計画』と名付けました」
 この計画名にヤサコ達は、ハッと気づき、ヤエとの名に偶然か、因果に驚いた。
「その後、かなりの費用と人員を投じましたが、時間はかかり過ぎました。日中戦争が始まり、ヨーロッパでの第二次世界大戦、太平洋戦争の勃発。他の機関も協力しましたが、人も、金も、設備も、間々成らなくなり、戦局も悪化。ついには、広島、長崎の原爆投下。ソ連の参戦。しかも、現物の骨と龍玉が、敵の空襲に遭い消失。ますます、人工龍玉が必要になりました。
 そしてついに、完全な製造方法が、編み出され、人工龍玉の量産が、可能になりました。直ちに軍上層部、政治中央へ報告されました。その報告に対する返答は、数日後の正午、全国に向けて、ラジオを通して、伝えられました。同時に、大東亜戦争も、終わりました。
 終戦後、その全てのデータは、極秘機密として、集約され、わたくしの所の機関が、名を『データY・D』と変えて保管し、GHQから隠したんです。〝Y〟とは〝八重山〟から、〝D〟はドラゴンから由来しています。
 その後、ずっと奥深くに、封印され、もはや忘れ去られていたんです。しかし、今回の電脳化という、決断によって、日の下にさらされ、このような大騒動を、起こしてしまったんです。この決断はわたくしのところにあり、故に、わたくしにも、責任があるんです」
 とりあえず、話の一区切りがついた。
 自分達が聞いていた一連の話が、巨大な歴史なのか、壮大な夢物語なのか。不思議と、判断が追い着かないように感じ、反論や否定が、出そうにも出せない感覚に覆われていた。
「じゃあ、どうして……どうして、御前様はこれを社会の為に、活用しようとは思わないんですか?これが本当なら、役立たれれば、世界をより良く、変えられるはずなのに?」
 振り絞るように、ハラケンが構わず疑問を、声の向こうへ投げかけた。
『確かに、役には立つでしょう。しかし、もたらされるモノは、幸福よりも、その大半は、不幸と思います。これを巡る争いや、恐るべき兵器といった、災いの元凶になるでしょう。現に、こうして無駄な争いが起こり、君達に不幸がもたらされてしまった。だからこそ、わたくしは、橘さんに、非常の特命を、お願いしたんです』
 急にどこか御前様の声は、悲しい気に、弱々しくなった。
「あなたは、その、争ってる連中が何なのか、知ってるのか?」
 イサコは敬語も使わず、ケンカ腰とも言える口で、聞いてきた。その態度に、一緒に聞いている者達は、恐れ知らずの態度にビクッと驚き、焦りすら起こった。
『……うん。当然、聞きたい事でしょう。これに関しては、橘さんの方が、詳しいですので、すみませんが橘さん、お話をお願いできるでしょうか?』
『…………わかりました。みなさんに、お話をいたします』
 少しの間を開けてタチバナチーフは、冷静さを取り戻すように、落ち着いたような息使いで、次の語り手を担った。その聞き手のヤサコ達には、キヨコも含まれていた。
『今回、あなた方を狙っている者達は、単なる犯罪組織ではありません。彼らは、政治家と民間企業の協力した一派なんです』
 これに驚くのは、ヤサコ達よりも、キヨコの感情が大きかった。自分の戦う敵は、犯罪者であるはずなのに、それが自分と同じ国家公務員である事は、耐え難い事実だった。今までの経験で、そんな事は想像も予想できなかった、現実だった。
『政治家の側は、野党の一派。もう一つは、元コイルス社のエネルギー関連の企業。野党のある重鎮が、どうやら「データY・D」を独自に知っていて、探していたらしいわ。今回の一件で、門外不出の「データY・D」が漏れ、絶好のチャンスと考えて、その民間企業と手を組んで、エージェントを送り込んだの。彼らは「データY・D」を入手して、政府に対抗し、政権とエネルギー利権を掌握しようと策謀したの』
 衝撃的な陰謀の真実に、ヤサコも、ハラケンも、イサコも、さほど驚く様子は見せなかった。メガネ事件でも、予想を裏切る真実を否応無く見せつけられ、今度も怖い思いをしてきた彼らにとっては、矢でも鉄砲というぐらい、もう腰が座っていた。
「……でも、だからって、こんなテロを起こしてまで、ヤエを手に入れるなんて、無茶苦茶だわ」
『それは違う!』
 いきなり、ヤサコの言葉に反応して、タチバナチーフが声を張り上げた。
『テロリストなんて、最初からいない。全て、政府とメガマス社がでっち上げた、茶番劇よ!』
 これには、さすがのハラケンとイサコも、驚きを隠せず、ハラケンが聞いた。
「ど、どういう意味ですか?」
『政府も「データY・D」を知ったのよ。野党より先に出し抜く為、メガマス社に協力を命じたの。「データY・D」の現在位置が管理する大黒市で、コイルスと因縁深かったから、適役だったのよ。それで街のシステムを停止させ、あなた達やエージェントをテロリストに仕立て上げ、混乱の中で奪う気なのよ』
 もう、そこから先、車中の一同は、他ならぬ「怒り」が、外見では見えぬが、誰の心頭にも満ちていた。自分達のヤエが政争の具にされ、街の命運も好き勝手に利用されている事が、許せざる事実だった。
 ずっと黙っているキヨコも、同様だった。自分が信じ仕える政府が、卑劣な虚偽と争いを、無関係な人々に及ばせている事が、許せなかった。
『…………だから、なんです。わたくしも、それが許せなかったが、口出しできない立場上、橘さんに、ヤエの削除をお願いしたんです。もう、それしか術が無いと判断しました。皆さんには、ヤエを消さなければならない事が、あまりに辛く、耐え難いのは痛いほどわかります。しかし、それを耐えて頂きたいのです……ご理解を、お願いします』
 泣いて、震えるように御前様の声が、ヤサコ達に聞こえ、彼らの震えが少し和らいだ。
 御前様も、心痛極まりない心持ちをしており、自分も彼らに重ねて考え、似たように辛く、耐え難かった。ヤサコ達は自分達で知ってか知らずか、御前様を察し、辛さを共感できたようだった。
「…………あの、御前様!」急にヤサコが、元気をつけた声を投げかけた。「あたしからお願いがあります。消すのは待って下さい。ヤエを、ヤエを帰る場所に、返したいんです!」
 初めて聞く御前様とタチバナチーフは、キョトンとしばらく理解に時間がかかった。
『……小此木さん、そう申されましたが、ヤエの故郷がどこか、ご存知なのですか?』
「いえ……でも、そう思えるんです。ヤエはどこかに、帰る場所があって、そこへ帰りたいって、わかるんです。それに今、あたしの祖母とハラ…川君の叔母が、それを懸命に探してくれているんです。ですから、もう少し、待っては頂けないでしょうか?もし、返せたら、消さなくても、解決にならないでしょうか?」
 必死な嘆願である事は、誰の耳にもわかった。しかし、根拠が無い曖昧な理由である事も、明白だった。だがそれ以上に、御前様には、悠著な時間の余裕は無く、焦りがあった。
『お気持ちは、お察しします。ですが、正直に申し上げるならば、とても受け入れ難い、申し出です。なにぶん、早いに越した事はありません』
「何を焦っているの?タイムリミットでもあるのか?」
 間髪入れずに、イサコが鋭く聞いてきた。これにタチバナチーフは、勘の鋭さに驚いたが、御前様は平然と返答した。
『天沢さんは、お察しが良い。ええ、仰る通りです。明日正午に、政府は自衛隊を動かし、君達のヤエを奪い、機に乗じて街も乗っ取り、国営の特区にする気です。そうなっては完全に彼らの独壇場になり、わたくしの手も及ばなくなります。それよりも一刻も早く、事態を収拾しなければ、なりません』
 刻々と迫る恐るべき計画には、一同も静かに戦々恐々と感じたが、自然とヤサコの案で行こうと考え、ハッキリと彼らに御前様の案を拒もうと、決意が通じていた。
『……わかりました。ではまた明朝、お電話をします。明日正午までに、全てを決着しなければなりません。よくお休みになって、お考え下さい』
 何も言わなかったのに、御前様は相手の心を知ったようで、話を終らさせ、車中をビックリさせた。しかし、驚いていたのはタチバナチーフも同じだった。
『そ、そんな!へ……御前様、一刻も早くと申し上げたのは、御前様では……』
『ええ。ですが、この子達の願う所も、決して間違いとは言えません。もし、それが本当であるならば、当初の考えにはない、利する点もあります。それに、それが、ひょっとしたら、正しいかもしれません。まだわかりませんが、信じてみようかと思います』
 これにタチバナチーフは答えず、黙ったままでしたが、これがとりあえず、彼女の賛同となりました。
『あの、小此木さん、一つお願いが、あります』
「えっ!何でしょうか?」
『その、ご迷惑でなければ、ヤエの声を聞かせて下さい』
 それを聞かれ、ヤサコがフッと膝元を見てみた。ともにハラケンとイサコも見た。とは言え、声を聞くのは無理と誰も思っていた。今は夜だから、寝ているに違い無かった。
「……クウヲオン」
 すでに眼を覚まし、ヤサコの顔を見上げていた。だが、やはり弱くなっているらしく、ヨレヨレとした感じで、首をおこしていた。
「あの、ちょっとだったら、イイと思います」
 そう言うと、ヤエを自分の受話器の指に近づけさせ、何か喋ってみるよう、促した。
「……クウヲオン、クウヲオオウン」
 次に心配だったのは、イリーガルの鳴き声が、指電話を通るか、全くわからなかった。
『……ああぁ!よ~く、聞こえます。ヤエや、お前を消そうなどとしてしまい、悪かったね。もう少しの辛抱、がんばって下さい。どうか皆さんも、よろしくお願いします。お気をつけ下さい。おやすみなさい』
「わかりました。いろいろありがとうございます。おやすみなさい」
 ヤサコがフウっと答えると、スッと電話は切られた。

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