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第二章 ヤエとヤサコ
つづき
つづき
ヤエはソロリソロリと、霧を出しながら台所に向かって、廊下の宙を浮いて進んでいた。
トイレの前辺りを浮くヤエを、後ろからハラケンが見つけ、物体ではないので仕草で捕らえようとしたら、前方の台所からヒョッコリとヤサコの母が顔を出してきた。
「あら研一君。どうかしたの?お手洗い?」
そのままハラケンは、掴もうと腕を伸ばした姿で、固まってしまいそうだった。
「あっ、ええっ、はい!お手洗いは、こちら…です、よね……?」
慌てながら会話するハラケンの視線の先で、ヤサコの母の頭上を悠々と泳ぐように、ヤエは台所の奥へ消えてしまった。もちろん、彼女にはそれは見えないはずだが、何を仕出かすか、ハラケンには恐ろしかった。
その様子はオヤジの目を通して、階段前の廊下の隅に隠れるヤサコ達が、息を呑んで窺っており、ハラケンを助けるという事はしなかった。
静かに時を待ち、止むを負えずハラケンがトイレに、ヤサコの母が向こうの廊下に歩き出すのを確認すると、彼女達はスタスタ急ぎながら、調理場に足を踏み入れた。
そこでヤエは、霧に包まれながら、大きな冷蔵庫の扉をカリカリと、開けようと引っ掻いていた。
「ヤエ、どうしたの?お腹すいた?」
どう見ても、冷蔵庫の中身が何であるかがわかり、中を物色したいのは見え見えだった。しかし、モタモタしていては母が戻って来てしまう。
「さあ、ヤエ。戻りましょう」
「クウゥゥーオン」
(いや、お腹空いた)
ハッと、何故かヤサコには、ヤエの言いたい事が、わかったような気がした。確かに感じた。
「どうしたの、ヤサコ?」
「え?」
フミエがスッとヤサコの視界に顔を出しながら、聞いていた。
「えっ、じゃあないわよ。すぐに連れて戻りましょう」
ふと、リビングに目をやれば、窓向こうの庭に母の影が見えた。イサコもそれを見ていたが、どうやら洗濯物の残りを取りこみに行ったようだった。
少しの間ヤサコは、フミエの意見に悩みながら、ヤエから目を離した時、ガチャリと冷蔵庫の扉が開かれた。戸の隙間からは、フワァッと白い冷気が床に流れ、彼女達の足を驚かせた。
「あっ、京子!」
開けたのは京子だった。
「だって、ヤエが……」
怪訝な顔で京子が言い訳をしようとする間に、ヤエはするりと冷蔵庫の中へ入ってしまった。
「大変!」
「どうなったの?」
ヤサコが驚いた時に、ハラケンがようやく出て来た。
急いでイサコが戸を開けてみれば、ヤエは冷蔵庫の真ん中の棚にあったアジに口を、アングリ噛みつこうとしていた。
一同が「アッ!」と驚いた時には、バグっと噛みついてしまった。
なんと、ヤエが噛みついた部分の鯵は、黒い残影しかなかった。メガネを取って見れば、アジは傷一つなかった。しかし、「NO DATA」とは表示されていない。
バクバク、ガツガツとヤエは美味しそうにアジを食べ進め、半分以上が黒と化した。
「これでわかった」イサコが冷静に様子を観察して、結論を述べた。「ヤエは食べ物の電脳映像を食べるんだ。これならメガネで見ない限り、この電脳状態を知られない」
「よかったね、京子ちゃん」
ハラケンが京子に、安心させる言葉をつけ添えた。すると、京子も心配な顔は消え、笑顔が戻った。
とは言え、その間にもヤエは、真っ黒になった魚を後にして、太いソーセージに矛先を変えて迫ろうとした。さすがにそれ以上は許されず、ヤサコがゆっくりとヤエを抱き上げ、戸を閉めた。
「後であげるから少し我慢してね」
「クオオウゥーン」
今の返事が、「わかった」と言ったようにヤサコには思え、そのせいか大人しかった。
一同はそそくさとメガシ屋に戻ろうと、台所を離れた。どうやら母には気付かれずに済んだらしい。しかし、フミエは飼う事にまだ反対のようで、少し不機嫌そうだった。
階段辺りの廊下に来た時、ヤサコの腕の中からヤエが首を伸ばし、フミエの顔に近づいた。突然の事にフミエのみならず、皆が驚いた。すると、フミエの頬にチュッとキスするように触れた。ヤエにとっての、仲良しの挨拶のようであったらしい。
意味は、全部は届かなかったとは思われるが、しばらくヤエはフミエを見つめ、少しだけフミエはクスッと微笑んだ。少しは認めるような心ができたようであった。
その直後、
「あっ!ブンブ―ンのオバちゃん!」
京子が指さす先には、黒光りしたライダースーツのオバちゃんの姿が、庭に佇んで、こちらを見つけた。一同はヤエの挨拶に気を取られ、気づくのが遅れてしまったが、恐れていた事態が、今、起きた事のは明白だった。
「あっ、研ちゃん!もう夕方だから、迎えに、来た……」
元気よく言い続けていた声は、ヤエが見えた事で、驚きが込み上げており、その様子にヤサコ達は膠着しかできなかった。
○
カアーカアー……、カアーカアー……
カラスが鳴き、赤々とした夕暮れ。みんなは帰る事になったが、オバちゃんが納得いかないのは明らかだった。一応、ハラケンが説明と説得をする事で、その場は引いてくれる事になった。しかし、ヤエへのオバちゃんの目つきは、敵意すら含んでいるようだった。
ダイチはデンパに付き添われながら帰り、フミエは弟のアキラに連絡し、ハラケンはオバちゃんのバイクに乗り、各々帰って行った。ヤサコはみんなを送り届けたが、イサコは気がつかない間に、もう姿が無かった。そういう事は、まだ慣れてないらしい。
もう七時半だった。ヤエはとにかく、仏間の一角にタオルを敷いた段ボールに入れ、ヤサコは京子と一緒に、急いで台所へ戻り、夕食に着いた。父にはまだばれてないようで、さすがに京子も黙ったままだった。ちなみに、その晩のオカズはホッケの塩焼きで、例の「NO DATA」のアジが図らずも、メガばあの夕食となった。
かき込むようにヤサコはご飯を食べ、母に咎められても気にせず、「ごちそうさま」と言って部屋に戻る、ふりをして仏間に向かった。
来てみれば、食事の済んだメガばあのお膳の横でヤエは、サラダのプチトマトの映像をムシャムシャ食べていた。
「おう、優子。映像はなかったが、味は問題無しじゃ」
「そう。この子、トマトも食べるのね」
「ふむ。ところで優子」
「ん?何、オババ?」
「ばれておらんか?静江達には?」
お茶をすするメガばあは、チラッと横目で、膝で畳に座る、ヤサコに確認を求めた。
「うん、大丈夫!京子も黙っていてくれたわ。問題はお父さんね」
そういいながらヤサコは腕組みをし、難しい顔となった。その間ヤエは、ノッソノッソと畳を歩きながら、自分の寝床に戻ろうとしていた。ちゃんと覚えたようだった。
「うむ、そうじゃな。メガネなら見えるからのう。とにかく、静江にも内緒にすべきじゃのう」
「何が内緒なの?」
第三者の声に、ヤエも固まってしまった。
「おっ、お母さん!」
恐ろしく剣幕寸前の母が、縁側から仁王立ちで、二人を睨んでいた。
「あっ、あの~…お母さん……」
「猫?犬?誰が、どっち拾って来たの?それともスズメ?」
「?」
どうやら母は、拾って来たのを電脳生物ではなく、現実の生き物と思っているらしい。ある意味、核心はばれていなかった。
「ええっと、その~…どっ、どうしてそう思ったの?」
とりあえず、是も非もない返事でごまかした。
「あんた達の母さん、何年やっていると思っているの?どう見たってわかるわよ。しかも、義母さんまでグルになって!」
っと、母の視線が段ボールを捉えた。
「その中ね?」
「あっ!いや、中には違いないんでけど……あの、その……」
もはや、ヤサコの舌はもつれにもつれ、しどろもどろの口調だった。それなのに、この期に及んでメガばあは、外野席にいるかのようにお茶をすすっていた。
「見せなさい!」
ダッダッと仏間に足を踏み入れた母は、ガバッと箱を覗きこんだ。しかし母には、メガネがないので、タオルしか見えなく、さっきまでの勢いが消えてしまった。
「?ねえ、中身はどこ?」
疑問たっぷりの視線で、母はヤサコに聞いた。
「んんっと、一応中にいるんだけど……」
ここに来て、ヤサコが母より優位にいるような状況となり、ヤサコは素知らぬ顔となった。ところが、
「何騒いでるんだ?」
父、登場。去年と違って下着姿ではなく、紺の甚平を着ており、団扇を片手に縁側に現れた。即、段ボールの中身を遠目で見え、硬直。
「なっ、何なんだ!それは?」
かなりの音量の驚きだった。
「え?あなた、見えるの?ひょっとして、電脳の生き物がいるの?ああっ、そう……それじゃあ仕方ないわね。あなたに任せるわ。後頼みます」
父に何の発言の余地も与えず、母は事態を丸投げして母屋に引き返してしまった。残されたのはヤサコとメガばあと父の三人だけだった。
「……ええっと、お父さん。京子は?」
なんとも気まずい空気ではあったが、何も話さない訳にはいかなかった。問題の当人ならば尚更と、ヤサコは口を開けた。
「ああ。今、風呂に入ってる。もう、一人で入れるように……って、そうじゃなくて!優子!おふくろ!何ですか、これは?」
「うん、それがね……」
二人は改まった感じで座り、ヤサコは今日の出来事を、カクカクシカジカと順を追って話した。
「っと、言う事だったの……」
「う~ん、う~ん」と難しい顔でその話に父は、腕を組んで首を傾け続けていた。
「イリーガルかぁ……また厄介なモノを」
その様子をヤエは、心配そうにジッと堪え、覗いていた。
「ねえ、このまま飼うのは、ダメかなあ?京子は捨てたくないって、言ってるけど……」
「そうは言っても、未だメガマス本社はイリーガル駆除を続けている。それでも、後から後から湧くように発見され、被害は一向に減らない。実を言うと、僕も本社から、直接的ではなく、探査はするように言われているんだ。無論、発見次第……」
最後の言葉辺りで、ヤサコはシュンと顔を下に向けた。その横でメガばあは、何も言わず宙を見るように座っていた。すると、
「クウオオーウゥン」
シュルッとヤエが箱から抜け出て、ヤサコの膝元にとぐろを巻くように乗っかった。黒い顔に表情など無かったが、心配そうにヤサコの顔を伺っているようだった。
そんな様子に父も頭を掻き、言い過ぎたように思え、別の困った顔となった。
「まあ、どうじゃろう一郎」ようやくメガばあが言葉を発した。「しばらくは様子見で、大丈夫だと思うがのう。それに、この観察の記録は、後々役立つぞ」
「おふくろまでそんな事。問題が起こったらどうするんですか?」
「安心せい!儂が何とかする」
「そんな根拠のない……」
いつの間にか仏間は、親子間の話に満ちていた。
「何なら、例の事、ばらしても構わんのじゃなあ?」
その言葉に父は、一気に顔が青ざめ、硬直し出した。それは、メガばあの切り札だった。
「あっ!たっ、頼む!それだけは、勘弁してくれ!」
どうやら、会員番号一番の弱みのようだった。
「ならば、今回の一件は、もう少し目を瞑っていてもらおうか?」
「うぅ~っ……仕方がない」
最後の押しに父が折れた。
「それじゃあ優子。この……ヤエが、問題を起こしたら、すぐに捨てるんだよ」
「うん、わかった。ヤエにはちゃんと言い聞かせておくから。ありがとう、お父さん!」
ヤサコの言葉に父は、ほほを掻きながら、少し照れてしまった。チラッと見てみれば、ヤエが顔を向けており、コックリとお辞儀するように大きく頭を下げた。ヤエが今の話を理解したように見えた。「まさか」とも思い、すぐに頭から消した。
「かっていいの?」
と、縁側からバスタオルを肩にかけ、髪を解いたパジャマ姿の京子が、満面の笑みで父を見上げていた。
「ありがとうー!」
堪えきれない嬉しさで、京子は父の腰に飛びつき、思わず父はよろめいてしまった。嬉しさ半分、心配が自身の中で入り乱れていた。
○
結局、母へは父が対応する事となり、父は身の縮む思いをする羽目になった。
隠す必要が無くなった為、ヤエはヤサコ達の部屋で共に過ごす事となった。暗くなった部屋で、二段ベッドのそばに箱は置かれた。本当は、電脳犬小屋をヤサコは使いたかったが、京子が昔の事で哀しむように思え、思い留まった。ヤサコにとっても苦しかった。
……チリリーンッ……チリリーンッ……、
シャリリリリリッ、シャリリリリリッ、
窓の向こうから少し明かりが漏れ、仄かに暗い室内は、完全な闇に満ちてはいなかった。隣の家の風鈴が鳴って、庭のコオロギが鳴いて、部屋に響いていた。
…………ガタンゴトンッ、ガタン……ブヲオオ―ン…………
深夜は一時頃か。上のベッドで眠っていたヤサコが、瞼を開けた。黒い天井が見え、次に床に目を移した。遠くから微かに車や電車の騒音が響く中、ゆっくり静かに床に降りた。箱に近づきヤエを覗いてみた。
初めてこの家に、この街に来た日の晩。デンスケが、イリーガルで弱っていた眠る夜。あの時と同じように、箱に寄った。
箱の中は電脳霧に満ち、ヤエはとぐろを巻いて、スヤスヤと寝息が聞こえそうだった。触れもできない電脳体に手を添えてみた。ヤエは目であろうと思われる二つの眼が消えて、閉じているようだった。眠っているようだった。触れた手は、少しバチバチと映像がバグって、すぐに戻った。
「ヤエ……一体……君は何なの?……どこから来たの?」
小さく問い掛ける様に、静かに聞いた。
「とても、電脳生物には、イリーガルにも見えない。何だか、本当の……生き物に見えちゃう。何で、だろう?不思議ね……本当に、何だろう……」
腰を下ろし、足を伸ばし、メガネを通して眺めて見た。不可思議な時間を予感した。今、ヤサコとヤエは同じ時間、同じ空間に一人と一匹は、存在し、闇の中でしばらく過ごした。
○
プルルルルルルッ、プルルルルルルッ……、ピッ
もしもし、橘です。あぁ、あなたね。久しぶり。一週間ぶりかしら。…………えっ?何で名乗るのかって?癖よ。ケータイができたての頃からなのよ。そう、どうにも抜けないわね。
そっちはどう?もう、落ち着いた?……そう。それなら良かった。……あたし?今、デスク。……そうなのよ、残業。あなたは私の部下だけど、あたしも上司の部下よ。結局、あたし達、恋より仕事を選ぶのね。……悲しいわね。
ところで、例の一件はどう?仕事具合は?順調なのね。……そう……〝アレ〟は、間違い無くあの街に?反応はあったのね……ホームドメインの中に入った…場所は?まだ特定できてない。これから、探すのね?そう……。
気を付けて。狙っている例のグループが、動き出したらしいわ。まだ、未確認だけど、それとは別の連中もいるらしいわ。命令は、憶えているわね?……そう……。頑張ってね。あたしも色々サポートするわ。何としても入手するのよ。そう、『データY・D』を!
ピッ
トイレの前辺りを浮くヤエを、後ろからハラケンが見つけ、物体ではないので仕草で捕らえようとしたら、前方の台所からヒョッコリとヤサコの母が顔を出してきた。
「あら研一君。どうかしたの?お手洗い?」
そのままハラケンは、掴もうと腕を伸ばした姿で、固まってしまいそうだった。
「あっ、ええっ、はい!お手洗いは、こちら…です、よね……?」
慌てながら会話するハラケンの視線の先で、ヤサコの母の頭上を悠々と泳ぐように、ヤエは台所の奥へ消えてしまった。もちろん、彼女にはそれは見えないはずだが、何を仕出かすか、ハラケンには恐ろしかった。
その様子はオヤジの目を通して、階段前の廊下の隅に隠れるヤサコ達が、息を呑んで窺っており、ハラケンを助けるという事はしなかった。
静かに時を待ち、止むを負えずハラケンがトイレに、ヤサコの母が向こうの廊下に歩き出すのを確認すると、彼女達はスタスタ急ぎながら、調理場に足を踏み入れた。
そこでヤエは、霧に包まれながら、大きな冷蔵庫の扉をカリカリと、開けようと引っ掻いていた。
「ヤエ、どうしたの?お腹すいた?」
どう見ても、冷蔵庫の中身が何であるかがわかり、中を物色したいのは見え見えだった。しかし、モタモタしていては母が戻って来てしまう。
「さあ、ヤエ。戻りましょう」
「クウゥゥーオン」
(いや、お腹空いた)
ハッと、何故かヤサコには、ヤエの言いたい事が、わかったような気がした。確かに感じた。
「どうしたの、ヤサコ?」
「え?」
フミエがスッとヤサコの視界に顔を出しながら、聞いていた。
「えっ、じゃあないわよ。すぐに連れて戻りましょう」
ふと、リビングに目をやれば、窓向こうの庭に母の影が見えた。イサコもそれを見ていたが、どうやら洗濯物の残りを取りこみに行ったようだった。
少しの間ヤサコは、フミエの意見に悩みながら、ヤエから目を離した時、ガチャリと冷蔵庫の扉が開かれた。戸の隙間からは、フワァッと白い冷気が床に流れ、彼女達の足を驚かせた。
「あっ、京子!」
開けたのは京子だった。
「だって、ヤエが……」
怪訝な顔で京子が言い訳をしようとする間に、ヤエはするりと冷蔵庫の中へ入ってしまった。
「大変!」
「どうなったの?」
ヤサコが驚いた時に、ハラケンがようやく出て来た。
急いでイサコが戸を開けてみれば、ヤエは冷蔵庫の真ん中の棚にあったアジに口を、アングリ噛みつこうとしていた。
一同が「アッ!」と驚いた時には、バグっと噛みついてしまった。
なんと、ヤエが噛みついた部分の鯵は、黒い残影しかなかった。メガネを取って見れば、アジは傷一つなかった。しかし、「NO DATA」とは表示されていない。
バクバク、ガツガツとヤエは美味しそうにアジを食べ進め、半分以上が黒と化した。
「これでわかった」イサコが冷静に様子を観察して、結論を述べた。「ヤエは食べ物の電脳映像を食べるんだ。これならメガネで見ない限り、この電脳状態を知られない」
「よかったね、京子ちゃん」
ハラケンが京子に、安心させる言葉をつけ添えた。すると、京子も心配な顔は消え、笑顔が戻った。
とは言え、その間にもヤエは、真っ黒になった魚を後にして、太いソーセージに矛先を変えて迫ろうとした。さすがにそれ以上は許されず、ヤサコがゆっくりとヤエを抱き上げ、戸を閉めた。
「後であげるから少し我慢してね」
「クオオウゥーン」
今の返事が、「わかった」と言ったようにヤサコには思え、そのせいか大人しかった。
一同はそそくさとメガシ屋に戻ろうと、台所を離れた。どうやら母には気付かれずに済んだらしい。しかし、フミエは飼う事にまだ反対のようで、少し不機嫌そうだった。
階段辺りの廊下に来た時、ヤサコの腕の中からヤエが首を伸ばし、フミエの顔に近づいた。突然の事にフミエのみならず、皆が驚いた。すると、フミエの頬にチュッとキスするように触れた。ヤエにとっての、仲良しの挨拶のようであったらしい。
意味は、全部は届かなかったとは思われるが、しばらくヤエはフミエを見つめ、少しだけフミエはクスッと微笑んだ。少しは認めるような心ができたようであった。
その直後、
「あっ!ブンブ―ンのオバちゃん!」
京子が指さす先には、黒光りしたライダースーツのオバちゃんの姿が、庭に佇んで、こちらを見つけた。一同はヤエの挨拶に気を取られ、気づくのが遅れてしまったが、恐れていた事態が、今、起きた事のは明白だった。
「あっ、研ちゃん!もう夕方だから、迎えに、来た……」
元気よく言い続けていた声は、ヤエが見えた事で、驚きが込み上げており、その様子にヤサコ達は膠着しかできなかった。
○
カアーカアー……、カアーカアー……
カラスが鳴き、赤々とした夕暮れ。みんなは帰る事になったが、オバちゃんが納得いかないのは明らかだった。一応、ハラケンが説明と説得をする事で、その場は引いてくれる事になった。しかし、ヤエへのオバちゃんの目つきは、敵意すら含んでいるようだった。
ダイチはデンパに付き添われながら帰り、フミエは弟のアキラに連絡し、ハラケンはオバちゃんのバイクに乗り、各々帰って行った。ヤサコはみんなを送り届けたが、イサコは気がつかない間に、もう姿が無かった。そういう事は、まだ慣れてないらしい。
もう七時半だった。ヤエはとにかく、仏間の一角にタオルを敷いた段ボールに入れ、ヤサコは京子と一緒に、急いで台所へ戻り、夕食に着いた。父にはまだばれてないようで、さすがに京子も黙ったままだった。ちなみに、その晩のオカズはホッケの塩焼きで、例の「NO DATA」のアジが図らずも、メガばあの夕食となった。
かき込むようにヤサコはご飯を食べ、母に咎められても気にせず、「ごちそうさま」と言って部屋に戻る、ふりをして仏間に向かった。
来てみれば、食事の済んだメガばあのお膳の横でヤエは、サラダのプチトマトの映像をムシャムシャ食べていた。
「おう、優子。映像はなかったが、味は問題無しじゃ」
「そう。この子、トマトも食べるのね」
「ふむ。ところで優子」
「ん?何、オババ?」
「ばれておらんか?静江達には?」
お茶をすするメガばあは、チラッと横目で、膝で畳に座る、ヤサコに確認を求めた。
「うん、大丈夫!京子も黙っていてくれたわ。問題はお父さんね」
そういいながらヤサコは腕組みをし、難しい顔となった。その間ヤエは、ノッソノッソと畳を歩きながら、自分の寝床に戻ろうとしていた。ちゃんと覚えたようだった。
「うむ、そうじゃな。メガネなら見えるからのう。とにかく、静江にも内緒にすべきじゃのう」
「何が内緒なの?」
第三者の声に、ヤエも固まってしまった。
「おっ、お母さん!」
恐ろしく剣幕寸前の母が、縁側から仁王立ちで、二人を睨んでいた。
「あっ、あの~…お母さん……」
「猫?犬?誰が、どっち拾って来たの?それともスズメ?」
「?」
どうやら母は、拾って来たのを電脳生物ではなく、現実の生き物と思っているらしい。ある意味、核心はばれていなかった。
「ええっと、その~…どっ、どうしてそう思ったの?」
とりあえず、是も非もない返事でごまかした。
「あんた達の母さん、何年やっていると思っているの?どう見たってわかるわよ。しかも、義母さんまでグルになって!」
っと、母の視線が段ボールを捉えた。
「その中ね?」
「あっ!いや、中には違いないんでけど……あの、その……」
もはや、ヤサコの舌はもつれにもつれ、しどろもどろの口調だった。それなのに、この期に及んでメガばあは、外野席にいるかのようにお茶をすすっていた。
「見せなさい!」
ダッダッと仏間に足を踏み入れた母は、ガバッと箱を覗きこんだ。しかし母には、メガネがないので、タオルしか見えなく、さっきまでの勢いが消えてしまった。
「?ねえ、中身はどこ?」
疑問たっぷりの視線で、母はヤサコに聞いた。
「んんっと、一応中にいるんだけど……」
ここに来て、ヤサコが母より優位にいるような状況となり、ヤサコは素知らぬ顔となった。ところが、
「何騒いでるんだ?」
父、登場。去年と違って下着姿ではなく、紺の甚平を着ており、団扇を片手に縁側に現れた。即、段ボールの中身を遠目で見え、硬直。
「なっ、何なんだ!それは?」
かなりの音量の驚きだった。
「え?あなた、見えるの?ひょっとして、電脳の生き物がいるの?ああっ、そう……それじゃあ仕方ないわね。あなたに任せるわ。後頼みます」
父に何の発言の余地も与えず、母は事態を丸投げして母屋に引き返してしまった。残されたのはヤサコとメガばあと父の三人だけだった。
「……ええっと、お父さん。京子は?」
なんとも気まずい空気ではあったが、何も話さない訳にはいかなかった。問題の当人ならば尚更と、ヤサコは口を開けた。
「ああ。今、風呂に入ってる。もう、一人で入れるように……って、そうじゃなくて!優子!おふくろ!何ですか、これは?」
「うん、それがね……」
二人は改まった感じで座り、ヤサコは今日の出来事を、カクカクシカジカと順を追って話した。
「っと、言う事だったの……」
「う~ん、う~ん」と難しい顔でその話に父は、腕を組んで首を傾け続けていた。
「イリーガルかぁ……また厄介なモノを」
その様子をヤエは、心配そうにジッと堪え、覗いていた。
「ねえ、このまま飼うのは、ダメかなあ?京子は捨てたくないって、言ってるけど……」
「そうは言っても、未だメガマス本社はイリーガル駆除を続けている。それでも、後から後から湧くように発見され、被害は一向に減らない。実を言うと、僕も本社から、直接的ではなく、探査はするように言われているんだ。無論、発見次第……」
最後の言葉辺りで、ヤサコはシュンと顔を下に向けた。その横でメガばあは、何も言わず宙を見るように座っていた。すると、
「クウオオーウゥン」
シュルッとヤエが箱から抜け出て、ヤサコの膝元にとぐろを巻くように乗っかった。黒い顔に表情など無かったが、心配そうにヤサコの顔を伺っているようだった。
そんな様子に父も頭を掻き、言い過ぎたように思え、別の困った顔となった。
「まあ、どうじゃろう一郎」ようやくメガばあが言葉を発した。「しばらくは様子見で、大丈夫だと思うがのう。それに、この観察の記録は、後々役立つぞ」
「おふくろまでそんな事。問題が起こったらどうするんですか?」
「安心せい!儂が何とかする」
「そんな根拠のない……」
いつの間にか仏間は、親子間の話に満ちていた。
「何なら、例の事、ばらしても構わんのじゃなあ?」
その言葉に父は、一気に顔が青ざめ、硬直し出した。それは、メガばあの切り札だった。
「あっ!たっ、頼む!それだけは、勘弁してくれ!」
どうやら、会員番号一番の弱みのようだった。
「ならば、今回の一件は、もう少し目を瞑っていてもらおうか?」
「うぅ~っ……仕方がない」
最後の押しに父が折れた。
「それじゃあ優子。この……ヤエが、問題を起こしたら、すぐに捨てるんだよ」
「うん、わかった。ヤエにはちゃんと言い聞かせておくから。ありがとう、お父さん!」
ヤサコの言葉に父は、ほほを掻きながら、少し照れてしまった。チラッと見てみれば、ヤエが顔を向けており、コックリとお辞儀するように大きく頭を下げた。ヤエが今の話を理解したように見えた。「まさか」とも思い、すぐに頭から消した。
「かっていいの?」
と、縁側からバスタオルを肩にかけ、髪を解いたパジャマ姿の京子が、満面の笑みで父を見上げていた。
「ありがとうー!」
堪えきれない嬉しさで、京子は父の腰に飛びつき、思わず父はよろめいてしまった。嬉しさ半分、心配が自身の中で入り乱れていた。
○
結局、母へは父が対応する事となり、父は身の縮む思いをする羽目になった。
隠す必要が無くなった為、ヤエはヤサコ達の部屋で共に過ごす事となった。暗くなった部屋で、二段ベッドのそばに箱は置かれた。本当は、電脳犬小屋をヤサコは使いたかったが、京子が昔の事で哀しむように思え、思い留まった。ヤサコにとっても苦しかった。
……チリリーンッ……チリリーンッ……、
シャリリリリリッ、シャリリリリリッ、
窓の向こうから少し明かりが漏れ、仄かに暗い室内は、完全な闇に満ちてはいなかった。隣の家の風鈴が鳴って、庭のコオロギが鳴いて、部屋に響いていた。
…………ガタンゴトンッ、ガタン……ブヲオオ―ン…………
深夜は一時頃か。上のベッドで眠っていたヤサコが、瞼を開けた。黒い天井が見え、次に床に目を移した。遠くから微かに車や電車の騒音が響く中、ゆっくり静かに床に降りた。箱に近づきヤエを覗いてみた。
初めてこの家に、この街に来た日の晩。デンスケが、イリーガルで弱っていた眠る夜。あの時と同じように、箱に寄った。
箱の中は電脳霧に満ち、ヤエはとぐろを巻いて、スヤスヤと寝息が聞こえそうだった。触れもできない電脳体に手を添えてみた。ヤエは目であろうと思われる二つの眼が消えて、閉じているようだった。眠っているようだった。触れた手は、少しバチバチと映像がバグって、すぐに戻った。
「ヤエ……一体……君は何なの?……どこから来たの?」
小さく問い掛ける様に、静かに聞いた。
「とても、電脳生物には、イリーガルにも見えない。何だか、本当の……生き物に見えちゃう。何で、だろう?不思議ね……本当に、何だろう……」
腰を下ろし、足を伸ばし、メガネを通して眺めて見た。不可思議な時間を予感した。今、ヤサコとヤエは同じ時間、同じ空間に一人と一匹は、存在し、闇の中でしばらく過ごした。
○
プルルルルルルッ、プルルルルルルッ……、ピッ
もしもし、橘です。あぁ、あなたね。久しぶり。一週間ぶりかしら。…………えっ?何で名乗るのかって?癖よ。ケータイができたての頃からなのよ。そう、どうにも抜けないわね。
そっちはどう?もう、落ち着いた?……そう。それなら良かった。……あたし?今、デスク。……そうなのよ、残業。あなたは私の部下だけど、あたしも上司の部下よ。結局、あたし達、恋より仕事を選ぶのね。……悲しいわね。
ところで、例の一件はどう?仕事具合は?順調なのね。……そう……〝アレ〟は、間違い無くあの街に?反応はあったのね……ホームドメインの中に入った…場所は?まだ特定できてない。これから、探すのね?そう……。
気を付けて。狙っている例のグループが、動き出したらしいわ。まだ、未確認だけど、それとは別の連中もいるらしいわ。命令は、憶えているわね?……そう……。頑張ってね。あたしも色々サポートするわ。何としても入手するのよ。そう、『データY・D』を!
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