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第二章 ヤエとヤサコ

 ヤサコ達がみんなの元に戻って見れば、泥酔で暴れるマイコ先生とダイチチとの腕相撲で大騒ぎとなっており、一時は京子の件を忘れかけていた。
 バーベキューも終了し、各々帰宅していった。フミエ達はメガばあにヤエを調べてもらう為に、ヤサコの家に一緒に行く事にした。また、ダイチの腕の治療も。ベロンベロンのマイコ先生は、どう見ても一人で帰れそうになく、イサコの叔父叔母の乗って来た車で送り届ける事になった。
 一番に心配されたのは、ハラケンのオバちゃんだった。未だイリーガルに敏感なオバちゃんに、ヤエを見られたら何をするかわからなかったが、気付かれずにバイクで帰って行った。もっとも、ハラケンの言動には注意深く見る素振りはあった。
 カナカナカナカナカナカナカナカナ……
 ヒグラシが鳴り響く、街が夕方前の頃、ヤサコ達は家に着いた。右手に杖を持つメガばあの出迎えを受け、ヤサコの両親は奥に上がって行き、母は麦茶の用意をしに、台所へ向かった。
「お帰り、優子、京子。おお、イサコもおるのぅ。久しぶりじゃ。フミエらもおるの」
「おっ、お久しぶりです」
 イサコは恥ずかしそうに、返事をした。
「優子や、バーベキューは楽しかったかえ?儂の腰さえ良ければのう……」
 そう言いながらメガばあは、左手で腰を擦りながら、残念そうに呟いた。
「あっ!それでね、オババ。川原ですごいの見つけて、連れて来たの」
「連れて来た?」
 ヤサコはおもむろに、電脳ポシェットの蓋を開けると、黒い中からヒョイッと黒いヤエが首を覗かせた。
「ヤエ。京子が名づけたの」
「クゥオオウン」
 さすがのメガばあも、ヤエを凝視して、マジマジと観察した。
「……こりゃあ、何じゃあ?」
 すぐさま、電脳工房がある仏間に一同は向かい、ヤエの解析となった。例によって、巨大な電脳マシーンがニョキニョキと畳から出現し、メガばあ曰く「最新鋭電脳生物構造解析マシーン」。
 座布団の上に載せられたヤエに、マシーンの大きなレンズが向けられ、メガばあはキーボードと三つのウィンドウの前で、パチパチと操作を始めた。
 後ろで一同が座って黙って待っていると、
「は~い、みんな。麦茶よ」
 曇って水滴が垂れる麦茶の入ったコップを、母がお盆に載せて運んで来てくれた。しかし、ヤサコ達はヤエの分析が気になり、素っ気ない返事で各々は受け取った。母はメガネをしていないので、彼らのしている事が皆目理解できず、疑わしい目つきで部屋を後にした。
 その直後に、チーンッと鐘が鳴った。
「うむ。とりあえず、大よその解析はできた」
 クルリっと座椅子を後ろに回し、一同に報告を始めた。
「間違い無くこやつは、イリーガルじゃ」
「あぁ、オババ、一応この子は〝ヤエ〟って言う名前があるから、それで……」
 ヤサコがすぐさま訂正を求めた。それは、ヤエに対しても、そんな言い方は可哀想に思えたからだった。それにその呼び方で、機嫌を損ねてもほしくなかった。
「おおそうか。では改めて、このヤエはα型イリーガルと分類できた。しかも、相当量のキラバグ反応も確認できた」
「何だって!まさか……」
 これに大きく反応したのは、イサコだった。思わず、汗を流しながらマジマジとその姿を、端から端まで見た。
 イリーガルにも大きく二種類あり、不定形でキラバグを蓄積しているα型。キンギョ・ヒゲ・クビナガといったキラバグを持たず、独特の形態を各々しているβ型である。
「驚くのも無理はない。今までの記録と照らし合わせても、一見すればβ型じゃが、反応はキラバグを持つα型じゃった」
「でも、どうしてα型のヤエ不定形じゃなくてその龍の姿なのかしら?」
「ふ~む……」
 ヤサコの疑問に、少しメガばあは頭を悩ました。
「なぁメガばあ、少し実験をしてみていいか?」
 イサコが顔を出してきた。
「実験とは?」
 メガばあにそう聞かれたイサコは、自分の長く垂れた髪の中を見た。すると、
「モジョッ」
 一匹のモジョが、ヒョッコリと出て来た。連れて来ていたのだった。
 モジョの中から何かが、ニョキニョキ出て来た。白い電脳鍵だった。
「これはイリーガルからキラバグを分離・抽出する為に使う。抽出はしないが、ヤエにかざして反応を確かめたい」
「うむ。その時の反応のデータをしかと見ておこう」
 イサコは何も言わず、チラッとヤサコと京子を見て、ササっとヤエに近づいた。そして、怯えないヤエに鍵を見せた。
 しばらくして、ヤエの輪郭がボンヤリ、青白く光り出した。その間メガばあは、夢中になるぐらいウィンドウを確かめ、キーボードを打ち続けた。
 しかし、それだけしか続かなかった。いくらみんなが待っても、一向に鍵穴が浮かび上がってこなかった。疑問に満ちたイサコは、鍵を離し、元いた場所に戻った。それと同時に光も消えた。
「今のはキラバグ反応じゃ、なかったの?」
 ハラケンがメガばあの背に向かって、問いかけた。
「ふ~む、興味深いのう」
 メガばあの一言に、誰もが首を傾げた。
「ねえメガばあ、何なのよ?何がわかったのよ?」
 フミエは急かしながら、答えを求めた。
「今のは確かに、キラバグ反応じゃったが、別の反応も確認できた」
「別の反応?」
 デンパも疑問に思ったが、またしても誰もが首を傾げた。
「ヤエのキラバグはすでに本来の性質はなく、別の何かによって変容しておる。おそらくそれは、データか何かと思われるが、別の何かと融合か一体化によって、変質したのじゃろう。だからキラバグ反応はあっても、反応による分離・抽出は無理じゃったのじゃ」
「一体、そのデータって、何なの?」
「うむ。今調べる」
 ヤサコの頼みに二つ返事で、ホイホイとメガばあはキーボードを打ちだした。ところが、すぐにビーッビーッと、アラームが鳴り出した。
「ムムッ!こっ、これは……」
 メガばあの目が、大きく開き、ウィンドウに釘付けとなった。
「どっ、どうしたの?オババ」
「このデータには、電脳防壁がかかっておる!」
 「電脳防壁」は、最新鋭コンピューターセキュリティシステムの事だが、公的規制の下、使用は公共的・行政的な電脳に限定され、一般使用はまだ開発段階でもあるため、少数に限られている。しかも、機能を作成するにも専門家でも高度な技術を要する為、簡単には復元は不可能である。
「その技術がこのデータにあるだけでもすごいが、それをこのヤエが持っておるとは、どういう訳じゃ?」
「それじゃあ、中身は見れないってこと?」
 すかさず、ハラケンが問いかけた。
「残念じゃが、そう言う事になるのう。電脳防壁は下手に触れば、こちらにも少なからずダメージを与える。今は、パスワードを探すのは遠回しにやるしかない。そうなると時間もかなりかかってしまう。まっ、気長にやろうかのう」
「なあぁ、それよりもよぅ~」元気の無い声が、一同の後ろの縁側から響いて来た。
「オレの腕は何とかなんねえのかぁ?」
 まだ右腕にバグが出ている、ダイチだった。少しは元気が戻ったらしい。
「おおそうじゃった。んで、何があったんじゃ?」
 メガばあは、悪ふざけのようにダイチをたしなむように聞き返した。
「だーから、オレの右腕の画像を直してくれって言ってんだろう!」
 さすがに怒って、立ち上がってグニャグニャな右腕を振り回した。
「おお!これはまた、見事にバグっておるのう。ヤエの仕業なのか?どうしたらあんな事になったのじゃ?」
 イサコが冷静に、あの時の事を報告した。
「私達の前でヤエは、自分の乗った霧から、雷撃のような光線を発射したんだ。私の見る限りあれは、キューブのフォーマット光線以上に思える」
 確かにあの雷撃は、閃光だけでもかなりの強力さを持っていた。
「ん?霧に乗る?どういう事じゃあ?」
 メガばあの関心は、電脳霧の事の方が大きかった。
 すると、京子が振り向いて、優しくヤエに声をかけた。
「ヤエ」
「クオオゥン」
 返事をしたヤエは、座布団からスルリと降りると、フーッと霧を作り、足を乗せた。霧は部屋の宙へスーッと京子のそばまで延び、階段のようにヒョイヒョイと上って行った。
 一同は改めて見ても、不可思議な現象に驚きを隠せなかった。
「ほほーっ!これはまた、珍しい。長生きはするものじゃのう」
 ヤエは京子の周りを、フワフワと霧と一緒に浮遊し、京子はキャッキャッと喜んでいた。京子にとって、新しい電脳の友達ができたようだった。
 その間メガばあは、マシーンを使ってその様子を撮影しながら、パチパチと解析していた。
「ふむふむ。よくわかった。ヤエは空間に軽いダメージを与えて不安定にさせ、薄い古い空間を作り、その新旧の境界からできる霧に乗って行くようじゃ。つまり、以前ダイチが飼っておった魚型イリーガルが、水状の古い空間を作って動くように、ヤエは霧の中で動くようじゃ。まぁ、もともとヤエも、少しは新しい空間での耐久力はあるようじゃ。」
 さらにヤエを見つめて、続けて語り出した。
「どうやらヤエは何らかの方法で、霧を通してバグによる衝撃を増幅させ、その雷撃を起こすようじゃ」
「そんな方法で?いくらなんでも、あのビームのパワーはケタ違いよ!」
 フミエは眼を丸くして、あの時の衝撃を思い起こしていた。
「ふーむ。どうもそれ以上は、未知の要因が関わっているらしく、わからんのう。まぁ、今のデータで光線の構造がわかった。それから専用の修復用のメタタグもできる。すぐに練ってやろう」
「ありがとよ~メガばあ」
「九百万円」
 礼を言うダイチに対しての返事は、請求の手だった。
「って、九百!高えよ!」
「悪いが専用修復メタタグを練るからのう、値段はかかる。少しはまけておいたのじゃぞ。感謝せい」
 チェッと舌打ちして座り込み、諦めたらしい。
「ところでヤサコ」イサコが不意にヤサコに聞いて来た。「ヤエは、どうするんだ?飼うのか?」
「え?」
 当然、帰する問題であった。
「え!すてるの?」
 真っ先に反応したのは京子だった。とても心配そうに、ヤサコを懇願するように見つめた。
「ヤダヤダ!ヤエかおうよ!ねえおねえちゃん、おねがい!」
「そうは言っても……メガネのないお母さんはともかく、お父さんに見られたら……」
 途方に暮れて、右手で頭を抱えながら悩み、チラッとフミエ達に答えを求めようと見た。
「心配するな。ここにかくまっておれば見つからんぞ」
 メガばあがポンッと胸を叩き、京子の味方としてヤサコを説得するように言って見せた。
「でもねえ、メガばあ」今度はフミエが意見を出した。「どうあっても、ヤエも結局はイリーガルなのよ。大体、何を食べさせるのよ?ダイチのイリーガルはテクスチャだったけど、どうする訳?」
 未だフミエには、あまりイリーガルに好感を持っていないようだった。ひょっとするならば、クビナガの時のような最期を見たくないからかもしれない。それ以前に、電脳生物に感情移入したくないからかもしれない。
 いつの間にかイサコの飼うかどうかの疑問は過ぎ、フミエの出したエサの問題で一同は誰もが悩んでしまった。
 すると、先ほどから部屋の隅を見回していたヤエが、急に仏間から縁側にスルスルと出て行ってしまった。
「あっ、ヤエ!」
 ハラケンが驚いて立ち上がり、ヤエを追って廊下へ駆けて飛び出した。反応に遅れた一同も「ヤエ、ヤエ」と言いながら、ドタドタとハラケンの後を追った。残っていたのはメガばあ、デンパ、ダイチだけであった。

つづく
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無題
続きも凄いですねww


この前オフ会について言いましたが、「しましょう」と
言うより、「あるんですか」と言う意味で書いたので気にしないでください。
ちなみに龍童さんは何歳ですか?
それと、何処住みですか?
七瀬 2008/07/13(Sun)11:20:18 編集
Re:無題
 あっ、そうですか。企画やらマナーやら、色々考えちゃいましたよ(笑)。オフ会の予定はありません。
 私のプライベートは、できれば内緒なのですが、ほんの一部だけ。
 歳は二十代前半。住まいは東京都都内。23区か、多摩地域か、離島かは秘密。ハッキリ言いまして、私は男です。
 以上。
【2008/07/14 22:03】
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