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第四章 強奪、そして夏祭り
 つづき


 アイコが京子を連れて、しばらくすると、眼前に黒い影が進路を遮った。
「よう!お嬢ちゃん、オヒサ!」
 あのハンティング帽をかぶった、変な暗号屋。
「あ、ウンチ!」
 京子の反応は、怒りを込めた指さしだった。
「そうそう、ウンチ、じゃねえ!フガっ、俺様は暗号屋〝ゼエェット〟!」
 人目もはばからない大声に、初対面のアイコですら、参道のど真ん中に立つZに呆れていた。周囲の人々はちょっと目を向けたが、すぐに視線を元に戻した。
「あなた、一体どちら様?よからぬ人のようだけど」
「こんばんは、お嬢さん。もはや有無も言わせねえ!俺様の目的は、そこのヤエちゃーん!」
「え?」
 カチャっとアイコは、メガネで京子の肩のヤエを改めて見た。まだそこにはヤエがしがみついていたが、恐る恐るという感じで顔を、京子の背中から出していた。
「今夜こそ、そのヤエをもらっちゃうぞ!さっ、これが最後だ。すぐに――」
「あの~ちょっといいですか?」
 Zの横に、いつの間にか見知らぬ女性がジ―ッと、Zを見つめながら立っていた。首筋までのショートヘアで、暑いのになぜか黒い上下のスーツを着ており、下はズボンだった。突然の乱入者にZはキョトンと、その女性に顔を向け、アイコも京子も驚いた。
「なっ、何か?」
「はい。それなんですが……」
 ニコニコとした顔で、落ち着いた口調を続けていた時だった。
「クウヲン!」
 ドンッと何かが、京子の背中を襲った。すぐに振り向いた京子の視界には、背の高い男性が、ヤエを両手で抱えていた。男はスキンヘッドで、夜なのにゴーグル型黒いサングラスをしており、ニヤリと微笑んでいた。しかも、姿は女性と同じ黒いスーツだった。
 もちろん、驚いたのはアイコと京子だけではなく、Zも同じだった。
「ヤエーッ!ヤエかえして!」
 走り出そうとした京子は、泣かんばかりに叫びながら、坊主頭の足に掴みかかろうとした。
「てっ、てめえら!」
 慌てだしたZも叫び、右手を伸ばして体全体で構えた。
「そりゃあ、俺の獲物じゃーっ!」
 わめきながら伸ばした手から、シュバッと文字列が坊主頭の持つヤエ目がけて、飛び出した。小さいクモの巣のような暗号式が広がったかと思うと、あっという間にヤエに絡まり、グッと文字列が一気に縮むと、ヤエはZの手元に移ってしまった。
「よっしゃーっ!ヤエ、ゲットだぜ!」
 いきなりの事に、京子もスキンヘッドも、しぐさを止めたまま唖然としてしまった。
 二人が見る、ガッツポーズするZの手には、ヤエがウナギのようにのたうち回り、逃れようと暴れていた。しかし、暗号式が体中を絡みつき、動けずにいた。
「をっしゃーっ!これでM資金は俺のもんだっ!」
「あの~」
 そんな状況でもショートヘアの女性は、何ら顔色変えず立ち続け、またZに話しかけた。
「なっ、何じゃい!」
「申し訳ありませんが、私共もそれを欲しておりまので、お渡し下さい」
 さっきと同じ、恐ろしいほど落ち着いた口調で、語りかけて来た。
 しかし、真横を向いたZはその視界で、ショートヘアの右手の動きに反応していた。下がっていた彼女の右腕が、スーッとZに向けて上がり出していた。右手首に、ブレスレットがはめられていた。
 それに気づいたZは、ハッと混乱と恐ろしさを感じ取った。
(ブラザー・リング!どっ、どうしてこいつが?)
 驚く間にも、彼女の右手は拳銃の形に変え、Zに向けようとしていた。それ察知したZは、バッと彼女から後方へ離れた。それでも今度は、スキンヘッドも同じ形の右手を作り、やはりZに向け出した。
 ショートヘアとスキンヘッドの立てていた親指が、伸ばした人差し指に降りた瞬間、野球ボール大の青白い電脳の火の玉が、指先から発射された。
 同時に飛び出した火の玉を、Zはなんとかパッと避けたが、火の玉は露店に当たると、バガガガとクラッシュしたようにバグってしまった。その様には、さすがのアイコも度肝を抜き、後退りしてしまった。
 だが、すぐに後ろの気配を感じ、振り向いたZだったが、すでに眼前には指先が見えていた。
「あ!」
「さらば」
 親指が降りると、火の玉はZのメガネに命中し、ダンッと音がしたかと思うと、Zはその拍子に後ろにのけ反って、倒れてしまった。その顔たるや、口を開け放心状態だった。
 Zに攻撃した男も、黒いスーツにゴーグル型サングラス。躯体が良く、白髪混じりの四角い顔の中年男性だった。
 スーツ達は仲間である事は、明らかだった。しかし、彼らの表情はほとんど変わらず、参道での騒動に周囲がざわめいても、無反応に近かった。アイコと京子が慄く中、三人はゆっくりと倒れたZに近づいた。
 その時、
「ク、クウヲオーン!」
 式の解けたヤエは、Zの手からするりと抜け、宙高くへ飛び上がった。
「む、しまった!」中年がようやく表情を変え、驚いて見上げた。「追え!逃すな!捕まえろ!」
 中年の指示で、若い男女はすばやく、ヤエを追った。
 すると、ギッとヤエは高みから連中を睨み返し、宙で停止した。睨まれた三人は何かを察知し、身構え止まってしまった。
 そんな後ろでは、ガバッとZが座ったまま起き上がり出した。
「俺はこんなんで凹まねえぞ!メガネの予備エネルギーは、まだ――」
 ガガ――ンッ
 ヤエの雷撃が放たれた。が、すばやく三人は避けてしまい、最後まで言い終わらないZの身にもろに命中。すなわち、メガネに当たった事となり、彼のメガネは一瞬でバリンッという音ともに、スクラップと化し、また倒れた。
「クッ、クウオ~ウン……」
 弱りかけようとしたヤエがまた、宙を浮きながら逃げ出した。
「京子!」
「京子ちゃん!」
 京子の悲鳴で、イサコやフミエ達が駆けつけて来た。
「イサコおねえちゃん!ヤエが!」
 遠くで、京子の指さす方向を見れば、ヤエが必死に参道上空を飛び回り、後方からは白い火の玉が次々と狙い撃ちされていた。さらに参道を見れば、人々を押し退け、こちらに迫る怪しい三人の姿。
 もはや、イサコに判断する暇などなく、なすべき行動は決まっていた。
「おい、お前ら!」
 三人に向かって罵声を浴びせると、瞬時に三人が反応した。その瞬間、彼らのメガネに向けてイサコは、暗号式を投げ飛ばした。
 ところが、スキンヘッドが式にブレスレットを掲げると、式はパシュッと消えてしまった。
「なっ!」
 今までにない事態に、イサコの頭が一瞬、真白になってしまった。
「おい、どういう事だ?」
 ガチャギリの声で正気に戻ったが、気付けば彼らは、すでに参道から外れ、草むらを走って、ヤエを追い続けているようだった。
「何々?何が起こったの?」
「あいつら、何なんだ?」
 前方では、京子に手をかけているアイコが、フミエとダイチに質問攻めにあっていた。周りは、いきなりの事件に、騒然となっていた。
 さらに参道の石段の方から、見覚えのある二人も早足で近づいて来た。オバちゃんと緑色の浴衣姿のタケルだった。
「遅れて来ちゃったけど、何かあったの?」
「天沢さん、何か事件?」
 状況のわからぬ二人に、状況が把握しきれていないイサコは、説明などするのも乏しかった。そして何にも言わずに、走り出した。
「おいイサコ、どこ行く?」
 いきなりの動きにガチャギリが、声をかけた。
「奴らは、森を抜けて行ってる!」
                ○
 シャリリリリッ、シャリリリリッ、スイ―ッチョン、スイ―ッチョン
 駆け足だったハラケンは、薄暗い野槌神社本殿の横で立ち止った。すぐに後ろから、ヤサコも追い着いた。
 石畳の参道は、ポツンと一つしかない電灯で、仄暗く照らされていた。たまにジジっと点滅し、何度も闇が出たり引っ込んだり。
 社の脇をハラケンは何も言わず、フラフラと境内のベンチに歩み、何も言わず座った。その後から、ヤサコも同じように何も言わず、ハラケンの横に並んで座った。
「……クロエ、探しに?」
「………………うん」
「でも、あの時……」
「……うん」
 一年前、あの祭りのさなか、ハラケンは野槌神社でイリーガルと化した、カンナの電脳ペットだったクロエと出会った。けれど、鳥居の外に出てしまった為、無情にもキュウちゃんに眼前でフォーマットされてしまった。
 それならば、今ここに来ても、もういないのは知っていたはずだった。それでもハラケンは、クロエを目的に今ここに来た。
「何で、なの?」
「……わからない。何となく、ここに来た。会えないのはわかってたけど、墓参りみたいな感じで、会いに来た」
 遠くを見るハラケンを、横からヤサコは見つめていた。悲しげで、呆然としていて、生身の目で見えない別世界を垣間見ているようで。
 ヤサコにはそんな姿が、不安でならなかった。カンナの一件で心が囚われた、あの時のようで、そのままあっち側へ行ってしまいそうで、恐ろしさすら感じた。一緒について来たのは、こちら側に留めておきたく、一緒にいたかったからだった。
 未だ、ヤサコにはハラケンが、どこかへ消えてしまいそうな、風船のようにフワッと飛んで消えてしまいそうに様子に見え、身を案じずにはいられなかった。
 何か、別の話をしなければならないと思い、ヤサコは頭で話題を巡らせた。だが、いっこうに思いつかなかった。
 だいぶ時間が経った頃、誰かの、聞き覚えのある叫び声がしたような時、何かが二人の目の前を通り過ぎて行った。フワリフワリと宙を点滅しながら舞う、二つの薄緑の光。蛍だった。
「あ、ホタル!本物のホタル?」
「本当だ。電脳じゃない、生ホタルだ!」
 もはや蛍は希少種となり、野生は減少し、目にできるのは養殖か電脳のものが、大半となっていた。
「久しぶりだわ。幼稚園の頃以来かしら」
「うん、僕も六歳の時に見たきりだ」
「あれって、天然?」
「だとしたら、珍しいなあ。初めて見たよ」
 二匹の蛍は、お互いに追いかけっこか、踊りをするように、境内をしばらく舞い、鎮守の森の向こうへ姿を、火が消えるように消えていった。
 ほんの二、三分の間だった。
「……行っちゃったね」
「うん。まるで、人魂みたいだった」
「…………幽霊とか、見てみたいの?やっぱり、別の世界を、見たいの?」
 もうヤサコは、ハラケンにハッキリ聞きたかった。未練があるのかどうか。判然としなければ、また、アッチに行ってしまうのが恐ろしかった。
「…………やっぱり、ああいうのが今も、不思議でならないんだ。もう行く気は無いけど、一度でも足を踏み入れちゃうと、興味ができてしまう気がするんだ。でも……」
「でも?」
「そんな事して、こっち側にいる、自分を大切に思ってくれる、僕も大切に思う人を辛い思いにさせるのが、恐ろしいというか、辛くさせるのがわかったんだ」
「…………そっか。それ聞いて、少し、安心できた」
「だけど……たまに……カンナの事を、思い出してしまうんだ。自分自身でも、本当はどうしたらいいのか、わからないんだ」
「…………受け入れたら、どうかなあ?」
「え?」
 思わずハラケンは、キョトンとヤサコに振り向いた。
「辛くても、現実の過去を受け入れて、理解して乗り越えるべきじゃないかなあ?」
「……うん、そうだね。遠い昔にした戦争だって、忘れるより、否定か賛成とかじゃない、その起こった現実を理解しなきゃ、未来の平和も築けないよね」
「そうよ。それに、あたし、今こうしてハラケンと一緒に、同じ時間を過ごせるのが、とても、嬉しい」
「……うん、僕も、そう思う。だから、ありがとう、ヤサコ」
「あたしからも、ありがとう、ハラケン」
 二人は湿気を含んだ、ゆったりと時間が流れる、薄暗い神社の空気の中で、そっと相手の手に、お互い何も言わず、眼を合わせず、手を添えた。暑い熱帯夜でも、相手の確かな温かさが心地よかった。
                ○
 不意に強い風が、二人の間をすり抜けた時だった。
「……クウヲオウゥン!」
 本殿の向こうから、フラフラにヤエが飛んで来た。
「えっ、ヤエ!」
 思わず二人が立ち上がると、ヤエはジグザグに飛びながら、ヤサコの胸へストンと舞い降りた。
「どうしたんだ?何だか、怯えてるみたいだ」
 ハラケンが覗いて見れば、ヤサコの胸の中で抱かれたヤエは、小さく縮み、ビクビクと震えているようだった。ヤサコには、ヤエが泣いているようにも見えた。
(こわい、こわい)
 ヤエを抱えるヤサコに、恐怖に震撼したヤエの声が、ヒシヒシと心に直接聞こえてきたが、今は一々その事に驚く暇などなかった。
「とにかく、みんなの所に戻りましょう!」
「うん、そうしよう。急ごう!」
 二人が鹿屋野神社への裏道に向かおうとした時だった。
 ジャリッ
「申し訳ないが、些かお待ち願おう」
 突然、本殿横の影から中年男性が、低い声とともに現れた。ハッと振り向いた二人は初めて見る謎の人物に、硬直してしまった。
「単刀直入に申し上げて、君達が〝ヤエ〟と呼ぶイリーガルを、渡してもらおう」
 淡々とした口調で、二人に向けて手を伸ばし、ゆっくりと忍び寄って来た。ハラケンは言い知れぬ感覚を覚え、ヤサコとヤエの前へザッと庇うように身を動かした。敵意ある眼差しで睨んだが、
「残念だが、〝多勢に無勢〟だ」
「諦めた方が、身の為よ」
 本殿の反対側の影からスキンヘッドの男、ベンチの反対側の柵にショートヘアの女性が、いつの間にか立っていた。よく見れば、三人とも同じスーツで、同じゴーグルサングラスをしており、明らかに仲間だった。そして、ヤエが見えるのは、そのサングラスが電脳メガネである事も二人にはわかった。
「あなた達、一体誰なの?ヤエに何の用なの?ヤエにひどい事しないで!」
 ハラケンの背中から三人組に向け、ヤサコは威嚇の声を上げた。
「君達が理由を知る権利も、我々が理由を答える義務もない。強いて言えば、君達はそれを我々に渡す義務がある。さあ、問答の時間は終わりだ」
 また一歩、中年の男が迫って来た。確実に、ジリジリと距離を縮めていた。
「二人に近づくな!」
 中年の男に向かって、怒りを露わに睨みつけ、怒号を浴びせた。もうハラケンにとってはヤエも含めて「二人」だった。
 それでも三人組は、全く怯まぬ顔をしていた。さらに、中年の両脇を固めるスキンヘッドとショートヘアは、右手を動かし始め、攻撃態勢に入っていた。ヤサコ達には何が起こるのか見当もつかなかったが、恐ろしさこの上ない身の危険は、ゾクゾクとしみ込んできた。
 すると、
「やめなさい!」予期せぬ方向から、聞き覚えのある女性の声。「いい歳の大人三人が、子供達に何をしようとしているの!」
 キヨコだった。鳥居の外から立って三人組に対し、優しさの無い険しい表情を、見せつけていた。ヤサコ達も、今まで見た事のない怒りの顔に驚き、恐怖すら感じた。よく見れば、彼女はメガネを装着していた。
「どこのどなたか存じませんが、この場をお引き取り願いましょう」
「そうはいきません」
 何食わぬ中年の言葉に一歩も引かぬ態度で、境内に一歩踏み行って来た。
 フッと中年が笑いながら、アゴでスキンヘッドに指図すると、何も言わずスキンヘッドはキヨコに、あの指の拳銃を向けてしまった。
 ヤサコ達がアッと気づいた時には、男の指からすでに青白い光が飛び出し、ほぼ光は彼女の眼前に来ていた。
 光が彼女のメガネに当たろうかという寸前、右手のブレスレットが掲げられ、光を遮った。その瞬間、光はちりぢりに消滅してしまった。
 それを見た三人組から、さっきまでの冷静さと余裕さは、瞬時に真剣な顔つきに変わり、体全体で攻勢の構えを見せた。一変した状況にヤサコもハラケンも困惑し、別の緊張感が覆った。
「きさま、なぜそのリングをつけている?」
「それはこちらのセリフよ!なぜあなた達、公務員しか持てないリングをしているの?」
 お互い睨み合いになり、その間でヤサコ達は立ちすくむしかなかった。
「…………引け!」
 先に動いたのは三人組だった。とは言え、中年の指示で鹿屋野神社とは反対方向の森へ、すばやく消えて行ってしまった。
 後に残ったキヨコとヤサコ達は、緊張は解れ、彼女が心配そうに二人に走って来た。
「二人共、大丈夫?ケガはない?」
「あ、はい、大丈夫です」
「そう、よかったぁ」
 ハラケンの返事でキヨコの顔は、心底から心配していた事を、アリアリと見せた。しかし、達には、彼女への警戒感が生まれていた。
「キヨコさん、あなたは一体……」
 ヤサコが聞かずとも、すぐに彼女は察し、怪訝な表情に変わった。
「……ごめんなさい。私はあなた達に隠し事があったの。ついでに言えば、私もヤエちゃんを渡して欲しいの。お願い」
 ヤサコとハラケンは、さほど驚く顔はしなかった。予想できる言葉とわかっていたからだった。
「その前に」いきなり、イサコの声が響いた。「何であなたもリングを持っているの?」
 いつの間にかイサコが、冷たい表情で、本殿から歩み寄って来た。
「キヨコさん、でしたっけ?あなたもリングを持っているのは、どうしてなの?」
「………………」
 イサコに向けてキヨコは、油断を見せない眼を見せ、立ったままだった。またしても、ヤサコ達は間で立ちすくんだままだった。
「申し訳ないけど、今はお話しできません」
 ようやくキヨコが答えた時には、イサコが三人のそばに来て止まっていた。
「小此木さん、明日改めてお宅に行くわね。その時に話せるだけの全ては、お話しするわ」
 震えの止まったヤエを抱えるヤサコに、穏やかに言うと、タッと鳥居に向け駆け出し、瞬く間に石段の向こうへ、闇の中に溶け込むように消え去ってしまった。
 誰も、追う事も声もかけなかった。むしろ、暇すらなかった。そんな中でヤサコは、疑問を上げ連ねた。
「どうしてキヨコさん、あたしの名字、知ってたのかな?『明日お宅に』って言ってたけど、あたしの家、知ってるのかしら?あの人、本当に、何者なの?」
 誰に向かってという訳でなく、ただ疑問を口から出したかった。
「ところでイサコ、〝リング〟って?」
 ヤサコの疑問が言い終わると、ハラケンはイサコに質問を投げかけた。
「ん?ああ、〝ブラザー・リング〟。電脳メガネの拡張端末機。独立した小型コンピューターで、リストバンド以上に手の動きを読み取らせ、そこで独自に情報収集と分析を行い、メガネとお互いに情報を送り合って、メガネ機能を拡大・補助するの」
「〝ブラザー〟の意味は?」
「言わば、メガネをサポートする弟分。だから、業界では〝ブラザー〟と呼んでる。だが、あれほど実用性にまで開発されていたなんて。実を言えば、リングの構造は軍事機密級だから、持てる人間は一部の警察や自衛隊に限られている。それをあのスーツ達とキヨコが、なぜ使っていたのか……」
「……やっぱり、そんな連中まで狙ってくるなんて、ヤエが持っているデータは、相当の価値があるという事になるなあ」
 イサコ達が想像を膨らませる間、ヤサコは赤ちゃんをあやすように抱えヤエを、星々が輝く夜空を見上げていた。
(ヤエ……あなたは本当に、何なの……?)
 不安と混乱に沈む中、鹿屋野神社の方から、ヤサコ達を呼ぶフミエや京子達の声が近づいて来た。
「ヤサコー!どこ―?もうすぐ、花火大会が始まっちゃうわよー!」
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