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さてついに、2008年北京オリンピックが始まりました。様々な障害や問題を克服し、人類のスポーツの祭典が無事成功する事を願います。
ガンバレ日本!
第四章 強奪、そして夏祭り
つづき
ガンバレ日本!
第四章 強奪、そして夏祭り
つづき
「まあ、無事で何よりじゃ」
ヤサコ達がメガシ屋に着いた時は、昼下がりだった。ドタドタと小此木家を皆が訪れたが、ヤサコの母は彼らを快く迎え、お昼ごはんももてなしてくれた。お昼ごはんは母得意のカレーだった。
その後は、メガシ屋の仏間で会議が開かれ、ハラケンとガチャギリは先に帰ったが、それと入れ違いにフミエが顔を見せた。
「おっ、お宝!」
メガばあは狙っていた連中を気にしていたが、フミエの方は連中が語っていた「ヤエのお宝」に興味心身だった。
「この子に、お宝の手がかりが……」
フミエの京子が抱えるヤエへの目つきは、あのがめついいつものフミエの目だった。
「ちょっと、ヤエにそんな目やめてよ」
確かに、見つめられたヤエは、何かを察知したらしく、京子の後ろに隠れていた。
「して、どういう連中じゃった?詳しく聞かせてくれ」
そんな事も気にせず、メガばあはヤサコ達に事件を聞こうとした。その質問に、身を乗り出したのはイサコだった。
「私が京子に助けを求められた時、電脳のUFOが現れ、その後でヤサコと会って、奴ら三人が出て来た。使っていた電脳技からして、ちょっとは腕のいいハッカーだ。まとまりは悪かったから、おそらくフリーの寄せ集めのチームだな。
問題はその後。あたしとも、メガばあとも流派が違う、暗号屋が出てきた。変な奴だったが、かなりのスキルを持っていた」
しばらく沈黙が部屋をおおった。
「ふむ、要するに……奴らが同じ目的、ヤエに隠されていると言う、お宝の手がかりを狙っての事……しかも、ハッカーどもだけでなく、暗号屋まで」
メガばあの下を向いた、真剣な顔つきに、この事態がよほどのレベルではないかと、誰もが心配になった。
「だけど……」ヤサコは水を差すように、口を開いた。「その〝お宝〟って一体、何なのかしら?みんなが寄って集って狙う価値のモノかしら?」
その一言に、フミエは少し顔を曇らせた。それによっては、何かしらの価値はあっても、自分達にとっては価値がないかもしれない。淡い期待が崩れそうにもなった。
「だとすれば、間違い無くそれは最初の分析で見つけた、キラバを変容させたデータに違いない。しかし、防壁がある以上、我々に確認する術は無い」
一応のイサコの結論に、フミエは落胆に近い表情を出した。お宝がわからないのに、手がかりすら見れないのだから、フミエとっての価値は低下しつつあった。
「それでも、あの人達は狙って来たんでしょ?また、ヤエを奪いに現れるんじゃ……」
ヤサコの心配は当然、次に危惧される問題だった。
「まあ、それなら、メガシ屋に隠しておけば問題はないだろう。あいつらレベルの電脳技なら、ハッキングできまい。押しかければ単なる泥棒。そこまでのリスクはおかさない」
イサコの提案で、早く問題は解決してしまった。しかし、異議を唱える者もいた。
「うぅ~ん……ねえ、きょうのお祭りだけ、ヤエといっしょにいっちゃ、ダメ?」
京子だった。今夜は鹿屋野神社の夏祭り。誰もが楽しみにし、京子もヤエと一緒に行こうと思っていた。
「残念だけど京子、今日は一緒に行けないの。我慢して。でないと、またあの悪い人達が襲ってくるの。ねっ、お願い」
必死とも言えるほどヤサコは、京子に優しく説き伏せようと話した。それでも、ム~ンと納得がいかない顔を、下を向けながら見せていた。
「京子や、我慢も人生じゃ」
「今我慢するのと、約束より早くヤエが消えるのと、どっちがいいんだ?」
メガばあとイサコも、続いて言葉を投げかけ、さすがの京子も下を向き続けながら、小さく頷いた。泣く寸前だったが堪え続けた。耐えるしかなかった。
一応話がついたところで、祭りの準備もあって、イサコとフミエは帰る事になった。とは言え、フミエは落ち込んだ様子ではあったが、ちょっとは元気にはなった。いつもだが、き然とした後ろ姿のイサコで、ヤサコは玄関先で見送った。
「……ねえ、イサコ」
「うん?」
突然、ヤサコはイサコ声をかけた。
「何だ?」
「あのさ……今日はお祭りだけど、ひょっとして、あした、帰っちゃうの?」
「ああ、そうだ。もう必要な支度はできてる」
あっさりな即答に、ヤサコの顔はわかりやすく、シュンと気落ちしてしまった。
「仕方無いだろ。駅で言ったのを忘れたのか?」
確かにそうだった。すでにそう伝えていたのは、ヤサコも憶えていた。
「……言ったはずだ。私は友達というのは、まだわからん……だが、〝寂しい〟という感じはしている」
ずっと背中を見せ、最後だけ振り返っただけで行ってしまったが、ヤサコにはそれだけで、十分彼女の気持ちはわかった気がした。
○
ヒュ~ン……ドンッ、ドンドンッ
祭りを知らせる、音と煙だけの花火が上がり、街中に木霊していた。鹿屋野神社への道は、祭りを楽しみにする人々ですでに賑やかだった。
夕映えの雲は、黄色、茜色、紅色と徐々に変わり、夕焼け空は黄昏になっていた。
ヒュ~ルリ~ッ、トントントンッ、ドンドーンッ、トントコトンッ
神社に近づかずとも、遠くから笛太鼓の祭り囃子が、玄関前の橋からも耳に届いていた。ヤサコと京子はキレイな浴衣を着て、見送る母に楽しげな顔を見せた。
ヤサコは水色生地に赤い金魚の柄、京子は桃色に白い風鈴の柄。ヒラヒラと袖を振り、二人は腰巾着と団扇を片手に手をつないで、カランコロンと下駄音をたてながら、神社への道を歩んでいた。
そばから見れば楽しそうな姉妹だが、よく見れば京子の表情は暗く、不満気だった。ヤエと一緒に行きたかったのに、それが叶わない事が辛かった。それがヤエの為であるのは、怖い目に遭った京子自身が誰よりもわかっていた。それでも、一度きりしかない、大切な思い出の時間が過ごせないのが、心残りだった。
そんな雰囲気は、ヤサコにもヒシヒシと辛く感じてきており、顔では見せなかったが、代わりに元気良く行こうと、笑顔を表していた。
二・三本のヒマワリが脇にある神社の石段前に来ると、色々な人達が上がろうと混雑していた。
ヤサコが眼を凝らして、鳥居の下を見上げると、紺色の浴衣をしているハラケンが立ちながら待っているようだった。アッと思い、京子の手を引きながら、人込みをかき分けて駆け上がった。
「お待たせ、ハラケン!」
声をかけられ振り向いたハラケンは、ギョッと驚き、ちょっとの間だったが、ヤサコの浴衣姿に魅入ってしまった。
「……?どうかしたの?」
「えっ、いやあ、何でも……」
ハラケンの顔は赤く呆けていたが、暗がりだったのでヤサコにはわからなかった。
「ヤサコ!ハラケン!京子ちゃん!」
「あっ、フミエちゃん!」
すると後ろから、フミエとイサコ、アイコが上がって来ていた。フミエは去年と同じ、朝顔の浴衣。イサコは白い生地に赤や黄色の菊の柄、アイコはヒマワリの柄の浴衣を着て現れた。みんな、メガネは頭の上にしており、祭りの時はそうするのが暗黙の了解のようになっていた。
「今夜は熱帯夜だな」
イサコが団扇をパタパタと扇ぎ、一団の後ろに控えていた。そんな彼女の様子が、ヤサコには不安に思えた。去年と比べれば、みんなと一緒という空気ではあったが、それでもイサコ自身が、ある程度蚊帳の外に距離をとっているように見えた。
「ようっ、お前ぇら!」
石畳の向こうから威勢のいい、法被姿のダイチが手を振りながら、悠々と近づいて来た。その後ろには、大黒黒客四人がついて来ていたが、一人一人段ボールを抱えていた。みんな、おそろいの町内会の法被と股引をはいて、ガチャギリだけがいつもの長ズボンだった。
「なんなのよ、ダイチ。ムードがなくなるから、あっち行っててよ!」
ムッとした顔でフミエが、シッシッと犬を掃うように団扇を振り、不機嫌となった。
「うっせえなー、あい変らずのちびのくせに生意気なんだよ!俺達は手伝いしてんだよ!」
「へえ~、珍しい。あんたらが大人の手伝いなんて」
「まっ、お祭りだからなあ。血が騒ぐって言うんだよ」
へへっとした感じ、男気を見せるようだった。だが、
「でもさぁダイチ、早く手伝い終わらせようよ」
「手伝い終わった時に、後の祭りなんてシャレになんねぇぜ」
「て言うか、何でオヤビンだけ荷物持ってないんすか?不公平っすよ」
「そうですよ。すぐに手伝いを終わらせないと、ホントにお祭りが終わっちゃいます」
後ろの一同は、一斉にブーイングをおこした。
「わーったよ!ほら、そこの物置だ」
何やらヤサコ達は取り残された感じになり、そのままダイチ達の横を通り過ぎようとした。すると、
「おーっと、忘れるとこだった」
そう言いながら、フミエに向かってチケットの束を渡してきた。
「すげえぞ、今夜限定プラチナチケットだ!」
「いらない」
即答でフミエは去ってしまった。みんなも後に続き、後に残るは呆然とするダイチのみ。
「あぁ、ごめんね、ダイチ君」ヤサコが気苦労するように、そばに寄り添っていた。
「これ、あたしからフミエちゃんに渡しとくね」
パッと数枚チケットが持って行かれると、ダイチはハハッと、情けなさいように笑ってしまった。
「私も、もらうぞ」
すぐあとに、何のちゅうちょなくイサコが、スッとチケット一枚が持って行ってしまった。それでも、ダイチの顔はあまり変わっていなかった。
○
「さあ、一万年生きる亀だぞー!」
「美味しいワタ飴はいらんかえ?」
「懐かしいりんご飴はいかが?」
「かわいい金魚がいっぱいだよ」
「クジに当たると、レアな賞品がもらえるぞー!」
「さあさあ、世にも珍しい、ガマの油だー!」
「ムムッ!こ、この手相は!」
「ねえねえ、あれしてみない?」
「あ~、この遊び、もう無くなったと思ってたよ」
「あれしたい。パパ、あれしたいよ~」
「ねえ…あっちの裏に……行かない?」
「冷凍ミカン、食う?」
もう暗くなった、星空の下では、提灯や電球型蛍光灯が淡く光り、方々から呼び声が響き、夜店や屋台が並ぶ石畳を、キラキラと照らしてくれていた。大勢の客で賑わい、熱気たっぷりだった。
ヤサコ達はそんな中を、まず何を楽しもうかとワクワクしながら、見回していた。
「去年は、何からやったっけ?」
「え?そうねぇ、確か―」
ヤサコが、後ろのハラケンに振り向いた時だった。
トンッ
「ヒャッ!」
思わずヤサコは、前方の誰かにぶつかってしま、誰かは軽く驚いた。
「ごめんなさい!ちゃんと前見てなく……て」
「……あら、あなただったの!」
新任司書のキヨコだった。えりがある漆黒のノースリーブのワンピースで、腰には茶色いベルトがしてあった。濃い闇のような黒いロングヘアは、長く垂れ下がっていた。頭にはメガネを引っかけていた。
「みんな、あなたのお友達?」
「あっ、はい。この子はあたしの妹です」
そう言いながら、ヤサコは足元にいる京子を紹介した。ハラケン以外は初対面の為、キョトンとした顔を見せた。
「あら、彼氏君も一緒ね」
この一言には、二人ともビクンッと心臓が跳び上がるような、驚きがほぼ同時に起った。それ以外は、余計キョトンとなってしまった。
「ええっと、その……」
思わずヤサコは、モジモジと言葉に困り、赤くなって下を向いてしまった。
「あっ、ごめんね。変な事、聞いちゃって」
そう言って、彼女は申し訳なさそうに、掌を縦にして謝った。顔を上げたヤサコの目に、彼女の手首に、ブレスレットが見えた。数珠のような形をした、つやのある木製のようだった。思わず下を向いたせいで、メガネが目もとにズレ落ちてしまった。
「お~い」
ふと、ダイチ達が大きな声で呼びながら、追い着いて来た。むろん、知っている顔六人と見知らぬ女性一人という状況は、大黒黒客一同、全く分からなかった。
「それがね……」
アイコがニヤニヤとダイチ達に、何やら話し出そうとした。しかし、すぐにとんだ誤解を生むとヤサコは察知し、みんなの中心へ走り出した。
「ええっとね!この人は、中央図書館の司書さんなの。この前、ハラケンと一緒にレポートの研究で行った時に、少しお話したの」
ハラケンも必死なほどウンウンと頷き、混乱していた一同は、とりあえず納得した感じになり、場の空気は和んだ。ただ一人、ムードメーカーなアイコは、見えない陰で「チェッ」と明らかに舌打ちした。
「ところで妹さん、珍しい電脳ペット連れてるわね。とても真っ黒」
確かに、その一瞬、空気がカチリと音をたてたように、ヤサコ達は硬直した。そしてすぐさま、メガネをかけて京子を見れば、背中にヤエがしがみついていた。
「クウヲン」
「見つかった。ゴメン」と言っているかのように、ヤエは京子の後ろに首を引っ込めた。
「ああ~、ヤエ!」
キャアキャアと京子は大はしゃぎとなり、両手でつかんでクルクル回って喜んでいた。
「何なの?」
「ええっと……一応、電脳生物で…家に置いといたんですが、ついて来ちゃったみたいで」
キヨコに言い寄られ、苦しい答えをするしかなかった。
ピルルルルッ
突然、ヤサコの指電話が鳴りだし、出てみれば、
『大変じゃ優子!ヤエがおらんぞ!』
「あ~大丈夫よ、こっちにいるから」
力無い声で、答えとくしかなかった。
「まあ、来てしまったのはしようが無い。もしもの時は任せろ」
冷静な判断をイサコは見せ、ある程度丸くおさめるような事となった。
○
その後は、成り行きのようにキヨコも交え、様々な屋台を回った。
みんなで水風船をポチャポチャと弾き、輝く水飴に食べるのを惜しんだ。射的でまたしてもダイチが店主を怒らせ、イサコはスナイパーのような腕を見せ、なぜか京子がリンゴ飴に恐怖心を示し、意外にもハラケンはチョコバナナが好きとわかり、相性占いマシーンが無い事をアイコが残念がっていた。
と、しばらくして、
「…………」
ハラケンが急に止まり、ある一点を見つめている事に、ヤサコが気付いた。
「どうかしたの?ハラケン」
「あ、うん。ちょっと先行ってて」
そう言うが早いか、ハラケンはササっと野槌神社へ走って行ってしまった。いきなりの事だったが、ヤサコは言い知れぬ不安にかられ、
「アイコ、ちょっと京子お願い……」
「え?」
答える暇もなく、ヤサコはハラケンの後を追って、一同から離れた。
「ハハァ…」とアイコは勝手に何かを察し、イサコとガチャギリを促し、京子とどこかへ行ってしまい、フミエとダイチがいつの間にかみんなと別れた状況となり、ヤサコとハラケン、フミエとダイチ、アイコ・京子・イサコ・ガチャギリ、後はデンパ・アキラ・ナメッチとバラバラになってしまった。
そんなこんなの間に、キヨコの姿が消えていたが、誰もなぜか気にもとめなかった。
この期において、イサコがアイコを睨んだ。
「アイコ……何を企んでる?」
あんず飴を舐める京子を手で引っ張りながら、一歩前を歩くアイコの背に問いかけた。その後ろではガチャギリが、静かに後を追うように歩いていた。ヤエは京子の肩にしがみついていた。
「何よ~、人聞きの悪い。ちょっとしたムード作りよ」
「?」
アイコの発言を疑問に思うのは、後ろも同じだった。
「俺も同感だ。まあ、ヤサコ達とダイチ達ならわかるが、俺らの組み合わせは何なんだ?ただの余りならデンパ達と一緒でいいのに、何でだ?」
「フフ~ン……わかってないわねぇ」
ニヤニヤと二人の無理解を嘲笑い、些細だったがイサコ達はムッと癇に障ってしまった。
「わかんないなら、考えてみなさ~い。京子ちゃん、あっちでお姉さんと遊ぼ」
そう言いながらアイコは、イサコの不意を衝いて京子を連れて行ってしまい、後にはイサコとガチャギリが残され、さらにバラバラになった。
無論なのか、二人の中にポカーンとした何か穴が空き、横目で互いを見て、歩き出した。
「……ガチャギリ」
「あ?」
人と人の間をすり抜けながら、歩き続けた。
「あの時、ハッカー共が襲った時、どうして助けに来てくれた?」
「はあ?決まってんだろ。仲間の……危機を見過ごせねえよ」
「それだけが、動機か?」
「……どうして、そんな事聞く?」
「あの後、私で色々考えて、理由がそれだけじゃないように、思えた」
「どういう意味だ?」
ガチャギリの歩幅が小さく縮まった。同調するように、イサコも足並みをそろえた。
「わけは、私でもわからなかったが、言い表せない、何かが自分の……心に起った。だから、お前の動機も、そんな事があったのか、と」
「……まあ、まんざらでも、ない。確かに、今まで知ってないような、感情っていうのは、あん時感じた。たぶん、それが俺を動かしたと思う。何だろうな、それって……」
お互い無表情のまま、何を考えているのか、また歩き出した。ただ、互いの距離はさっきより近かった。
「ヤエーッ!ヤエかえして!」
突然、人込みの向こうから、京子の悲鳴が二人の耳に突き刺さった。
○
「なあ、何で俺らだけになったんだ?」
「知らないわよ」
トントトンッ、コンチキチーンッ
猿回しが露店で演じられており、ダイチとフミエは並んでしゃがんで眺めていた。音楽に合わせて階段逆立ち上り、五回連続空中反転、キャッチボール、反省と次々と羽織を着た猿は、難なくこなしており、成功する度に観客から、歓声と小銭が飛び交った。
(…………二人っきり……チャンス!)
フツフツとダイチの中で、想いが沸き起こった。
「ななななっ、なあ~……」
「何よ?」
「あっ、あのなあ、じっ、実はなあ」
「何なのよ、じれったいわね」
「来週末、俺の親父が、キャンプしようって言い出してな、友達も連れて来ていいって言ってな。ただ、一人分しか余裕無くて、その……あの……つまりだ」
「何?あたしを誘ってるわけ?」
先に答えを言われ、意外にもダイチはホッとできた。
「まあ、そう言う事だ。どうだ?一緒に、行かねえか?」
「……何、企んでるの?」
フミエの予想外の返事に、ダイチは間の抜けた顔を見せた。
「なっ、何でそんな事言うんだよ?」
「そりゃこっちの台詞よ。たいがい、アンタの考える事ったらろくな事無いじゃん。きっと今の話だって、あたしに悪さするのを計画してるんでしょ。お見通しよ!一体、どんなイタズラを計画してんの?あたしが見抜いたんだから、素直に白状しな!」
ダイチ自身、辛い言葉の連なりに、苦しかった。怒りすら沸き起こりそうだった。自分の伝えたい事が、誤解されて、歪んで伝わってしまっている事。辛い限りだった。もうこうなりゃやけだと、ダイチの口がめちゃくちゃに開いた。
「何で、何でわかんねえんだよ!ええい、もういい!ハッキリ言やあ、悪さはねえ!邪まな考えはねえ!来るかどうか聞いてんだよ!」
むちゃくちゃな大声に、周囲の観客はビクッと驚いたが、フミエの方がもっと驚いていた。猿ですら、そちらに顔を向けてしまった。
フミエは見上げながら驚いた。立ち上がったダイチが思った以上に、自分よりも背が高い事に気づかされ、ダイチの半泣きのような顔に、困惑してしまった。
「……何、考えてんのかわかないけど、アンタがそうまで無気になんなら、望むとこよ!キャンプについて行ってやろうじゃないの」
フミエの目ではダイチは、バトルかイタズラを企んでると、勘違いしていたが、その答えにまたしても、ダイチはホッとできた。すると、
「ヤエーッ!ヤエかえして!」
二人はそろって、声のする方に顔を向けた。
つづく
ヤサコ達がメガシ屋に着いた時は、昼下がりだった。ドタドタと小此木家を皆が訪れたが、ヤサコの母は彼らを快く迎え、お昼ごはんももてなしてくれた。お昼ごはんは母得意のカレーだった。
その後は、メガシ屋の仏間で会議が開かれ、ハラケンとガチャギリは先に帰ったが、それと入れ違いにフミエが顔を見せた。
「おっ、お宝!」
メガばあは狙っていた連中を気にしていたが、フミエの方は連中が語っていた「ヤエのお宝」に興味心身だった。
「この子に、お宝の手がかりが……」
フミエの京子が抱えるヤエへの目つきは、あのがめついいつものフミエの目だった。
「ちょっと、ヤエにそんな目やめてよ」
確かに、見つめられたヤエは、何かを察知したらしく、京子の後ろに隠れていた。
「して、どういう連中じゃった?詳しく聞かせてくれ」
そんな事も気にせず、メガばあはヤサコ達に事件を聞こうとした。その質問に、身を乗り出したのはイサコだった。
「私が京子に助けを求められた時、電脳のUFOが現れ、その後でヤサコと会って、奴ら三人が出て来た。使っていた電脳技からして、ちょっとは腕のいいハッカーだ。まとまりは悪かったから、おそらくフリーの寄せ集めのチームだな。
問題はその後。あたしとも、メガばあとも流派が違う、暗号屋が出てきた。変な奴だったが、かなりのスキルを持っていた」
しばらく沈黙が部屋をおおった。
「ふむ、要するに……奴らが同じ目的、ヤエに隠されていると言う、お宝の手がかりを狙っての事……しかも、ハッカーどもだけでなく、暗号屋まで」
メガばあの下を向いた、真剣な顔つきに、この事態がよほどのレベルではないかと、誰もが心配になった。
「だけど……」ヤサコは水を差すように、口を開いた。「その〝お宝〟って一体、何なのかしら?みんなが寄って集って狙う価値のモノかしら?」
その一言に、フミエは少し顔を曇らせた。それによっては、何かしらの価値はあっても、自分達にとっては価値がないかもしれない。淡い期待が崩れそうにもなった。
「だとすれば、間違い無くそれは最初の分析で見つけた、キラバを変容させたデータに違いない。しかし、防壁がある以上、我々に確認する術は無い」
一応のイサコの結論に、フミエは落胆に近い表情を出した。お宝がわからないのに、手がかりすら見れないのだから、フミエとっての価値は低下しつつあった。
「それでも、あの人達は狙って来たんでしょ?また、ヤエを奪いに現れるんじゃ……」
ヤサコの心配は当然、次に危惧される問題だった。
「まあ、それなら、メガシ屋に隠しておけば問題はないだろう。あいつらレベルの電脳技なら、ハッキングできまい。押しかければ単なる泥棒。そこまでのリスクはおかさない」
イサコの提案で、早く問題は解決してしまった。しかし、異議を唱える者もいた。
「うぅ~ん……ねえ、きょうのお祭りだけ、ヤエといっしょにいっちゃ、ダメ?」
京子だった。今夜は鹿屋野神社の夏祭り。誰もが楽しみにし、京子もヤエと一緒に行こうと思っていた。
「残念だけど京子、今日は一緒に行けないの。我慢して。でないと、またあの悪い人達が襲ってくるの。ねっ、お願い」
必死とも言えるほどヤサコは、京子に優しく説き伏せようと話した。それでも、ム~ンと納得がいかない顔を、下を向けながら見せていた。
「京子や、我慢も人生じゃ」
「今我慢するのと、約束より早くヤエが消えるのと、どっちがいいんだ?」
メガばあとイサコも、続いて言葉を投げかけ、さすがの京子も下を向き続けながら、小さく頷いた。泣く寸前だったが堪え続けた。耐えるしかなかった。
一応話がついたところで、祭りの準備もあって、イサコとフミエは帰る事になった。とは言え、フミエは落ち込んだ様子ではあったが、ちょっとは元気にはなった。いつもだが、き然とした後ろ姿のイサコで、ヤサコは玄関先で見送った。
「……ねえ、イサコ」
「うん?」
突然、ヤサコはイサコ声をかけた。
「何だ?」
「あのさ……今日はお祭りだけど、ひょっとして、あした、帰っちゃうの?」
「ああ、そうだ。もう必要な支度はできてる」
あっさりな即答に、ヤサコの顔はわかりやすく、シュンと気落ちしてしまった。
「仕方無いだろ。駅で言ったのを忘れたのか?」
確かにそうだった。すでにそう伝えていたのは、ヤサコも憶えていた。
「……言ったはずだ。私は友達というのは、まだわからん……だが、〝寂しい〟という感じはしている」
ずっと背中を見せ、最後だけ振り返っただけで行ってしまったが、ヤサコにはそれだけで、十分彼女の気持ちはわかった気がした。
○
ヒュ~ン……ドンッ、ドンドンッ
祭りを知らせる、音と煙だけの花火が上がり、街中に木霊していた。鹿屋野神社への道は、祭りを楽しみにする人々ですでに賑やかだった。
夕映えの雲は、黄色、茜色、紅色と徐々に変わり、夕焼け空は黄昏になっていた。
ヒュ~ルリ~ッ、トントントンッ、ドンドーンッ、トントコトンッ
神社に近づかずとも、遠くから笛太鼓の祭り囃子が、玄関前の橋からも耳に届いていた。ヤサコと京子はキレイな浴衣を着て、見送る母に楽しげな顔を見せた。
ヤサコは水色生地に赤い金魚の柄、京子は桃色に白い風鈴の柄。ヒラヒラと袖を振り、二人は腰巾着と団扇を片手に手をつないで、カランコロンと下駄音をたてながら、神社への道を歩んでいた。
そばから見れば楽しそうな姉妹だが、よく見れば京子の表情は暗く、不満気だった。ヤエと一緒に行きたかったのに、それが叶わない事が辛かった。それがヤエの為であるのは、怖い目に遭った京子自身が誰よりもわかっていた。それでも、一度きりしかない、大切な思い出の時間が過ごせないのが、心残りだった。
そんな雰囲気は、ヤサコにもヒシヒシと辛く感じてきており、顔では見せなかったが、代わりに元気良く行こうと、笑顔を表していた。
二・三本のヒマワリが脇にある神社の石段前に来ると、色々な人達が上がろうと混雑していた。
ヤサコが眼を凝らして、鳥居の下を見上げると、紺色の浴衣をしているハラケンが立ちながら待っているようだった。アッと思い、京子の手を引きながら、人込みをかき分けて駆け上がった。
「お待たせ、ハラケン!」
声をかけられ振り向いたハラケンは、ギョッと驚き、ちょっとの間だったが、ヤサコの浴衣姿に魅入ってしまった。
「……?どうかしたの?」
「えっ、いやあ、何でも……」
ハラケンの顔は赤く呆けていたが、暗がりだったのでヤサコにはわからなかった。
「ヤサコ!ハラケン!京子ちゃん!」
「あっ、フミエちゃん!」
すると後ろから、フミエとイサコ、アイコが上がって来ていた。フミエは去年と同じ、朝顔の浴衣。イサコは白い生地に赤や黄色の菊の柄、アイコはヒマワリの柄の浴衣を着て現れた。みんな、メガネは頭の上にしており、祭りの時はそうするのが暗黙の了解のようになっていた。
「今夜は熱帯夜だな」
イサコが団扇をパタパタと扇ぎ、一団の後ろに控えていた。そんな彼女の様子が、ヤサコには不安に思えた。去年と比べれば、みんなと一緒という空気ではあったが、それでもイサコ自身が、ある程度蚊帳の外に距離をとっているように見えた。
「ようっ、お前ぇら!」
石畳の向こうから威勢のいい、法被姿のダイチが手を振りながら、悠々と近づいて来た。その後ろには、大黒黒客四人がついて来ていたが、一人一人段ボールを抱えていた。みんな、おそろいの町内会の法被と股引をはいて、ガチャギリだけがいつもの長ズボンだった。
「なんなのよ、ダイチ。ムードがなくなるから、あっち行っててよ!」
ムッとした顔でフミエが、シッシッと犬を掃うように団扇を振り、不機嫌となった。
「うっせえなー、あい変らずのちびのくせに生意気なんだよ!俺達は手伝いしてんだよ!」
「へえ~、珍しい。あんたらが大人の手伝いなんて」
「まっ、お祭りだからなあ。血が騒ぐって言うんだよ」
へへっとした感じ、男気を見せるようだった。だが、
「でもさぁダイチ、早く手伝い終わらせようよ」
「手伝い終わった時に、後の祭りなんてシャレになんねぇぜ」
「て言うか、何でオヤビンだけ荷物持ってないんすか?不公平っすよ」
「そうですよ。すぐに手伝いを終わらせないと、ホントにお祭りが終わっちゃいます」
後ろの一同は、一斉にブーイングをおこした。
「わーったよ!ほら、そこの物置だ」
何やらヤサコ達は取り残された感じになり、そのままダイチ達の横を通り過ぎようとした。すると、
「おーっと、忘れるとこだった」
そう言いながら、フミエに向かってチケットの束を渡してきた。
「すげえぞ、今夜限定プラチナチケットだ!」
「いらない」
即答でフミエは去ってしまった。みんなも後に続き、後に残るは呆然とするダイチのみ。
「あぁ、ごめんね、ダイチ君」ヤサコが気苦労するように、そばに寄り添っていた。
「これ、あたしからフミエちゃんに渡しとくね」
パッと数枚チケットが持って行かれると、ダイチはハハッと、情けなさいように笑ってしまった。
「私も、もらうぞ」
すぐあとに、何のちゅうちょなくイサコが、スッとチケット一枚が持って行ってしまった。それでも、ダイチの顔はあまり変わっていなかった。
○
「さあ、一万年生きる亀だぞー!」
「美味しいワタ飴はいらんかえ?」
「懐かしいりんご飴はいかが?」
「かわいい金魚がいっぱいだよ」
「クジに当たると、レアな賞品がもらえるぞー!」
「さあさあ、世にも珍しい、ガマの油だー!」
「ムムッ!こ、この手相は!」
「ねえねえ、あれしてみない?」
「あ~、この遊び、もう無くなったと思ってたよ」
「あれしたい。パパ、あれしたいよ~」
「ねえ…あっちの裏に……行かない?」
「冷凍ミカン、食う?」
もう暗くなった、星空の下では、提灯や電球型蛍光灯が淡く光り、方々から呼び声が響き、夜店や屋台が並ぶ石畳を、キラキラと照らしてくれていた。大勢の客で賑わい、熱気たっぷりだった。
ヤサコ達はそんな中を、まず何を楽しもうかとワクワクしながら、見回していた。
「去年は、何からやったっけ?」
「え?そうねぇ、確か―」
ヤサコが、後ろのハラケンに振り向いた時だった。
トンッ
「ヒャッ!」
思わずヤサコは、前方の誰かにぶつかってしま、誰かは軽く驚いた。
「ごめんなさい!ちゃんと前見てなく……て」
「……あら、あなただったの!」
新任司書のキヨコだった。えりがある漆黒のノースリーブのワンピースで、腰には茶色いベルトがしてあった。濃い闇のような黒いロングヘアは、長く垂れ下がっていた。頭にはメガネを引っかけていた。
「みんな、あなたのお友達?」
「あっ、はい。この子はあたしの妹です」
そう言いながら、ヤサコは足元にいる京子を紹介した。ハラケン以外は初対面の為、キョトンとした顔を見せた。
「あら、彼氏君も一緒ね」
この一言には、二人ともビクンッと心臓が跳び上がるような、驚きがほぼ同時に起った。それ以外は、余計キョトンとなってしまった。
「ええっと、その……」
思わずヤサコは、モジモジと言葉に困り、赤くなって下を向いてしまった。
「あっ、ごめんね。変な事、聞いちゃって」
そう言って、彼女は申し訳なさそうに、掌を縦にして謝った。顔を上げたヤサコの目に、彼女の手首に、ブレスレットが見えた。数珠のような形をした、つやのある木製のようだった。思わず下を向いたせいで、メガネが目もとにズレ落ちてしまった。
「お~い」
ふと、ダイチ達が大きな声で呼びながら、追い着いて来た。むろん、知っている顔六人と見知らぬ女性一人という状況は、大黒黒客一同、全く分からなかった。
「それがね……」
アイコがニヤニヤとダイチ達に、何やら話し出そうとした。しかし、すぐにとんだ誤解を生むとヤサコは察知し、みんなの中心へ走り出した。
「ええっとね!この人は、中央図書館の司書さんなの。この前、ハラケンと一緒にレポートの研究で行った時に、少しお話したの」
ハラケンも必死なほどウンウンと頷き、混乱していた一同は、とりあえず納得した感じになり、場の空気は和んだ。ただ一人、ムードメーカーなアイコは、見えない陰で「チェッ」と明らかに舌打ちした。
「ところで妹さん、珍しい電脳ペット連れてるわね。とても真っ黒」
確かに、その一瞬、空気がカチリと音をたてたように、ヤサコ達は硬直した。そしてすぐさま、メガネをかけて京子を見れば、背中にヤエがしがみついていた。
「クウヲン」
「見つかった。ゴメン」と言っているかのように、ヤエは京子の後ろに首を引っ込めた。
「ああ~、ヤエ!」
キャアキャアと京子は大はしゃぎとなり、両手でつかんでクルクル回って喜んでいた。
「何なの?」
「ええっと……一応、電脳生物で…家に置いといたんですが、ついて来ちゃったみたいで」
キヨコに言い寄られ、苦しい答えをするしかなかった。
ピルルルルッ
突然、ヤサコの指電話が鳴りだし、出てみれば、
『大変じゃ優子!ヤエがおらんぞ!』
「あ~大丈夫よ、こっちにいるから」
力無い声で、答えとくしかなかった。
「まあ、来てしまったのはしようが無い。もしもの時は任せろ」
冷静な判断をイサコは見せ、ある程度丸くおさめるような事となった。
○
その後は、成り行きのようにキヨコも交え、様々な屋台を回った。
みんなで水風船をポチャポチャと弾き、輝く水飴に食べるのを惜しんだ。射的でまたしてもダイチが店主を怒らせ、イサコはスナイパーのような腕を見せ、なぜか京子がリンゴ飴に恐怖心を示し、意外にもハラケンはチョコバナナが好きとわかり、相性占いマシーンが無い事をアイコが残念がっていた。
と、しばらくして、
「…………」
ハラケンが急に止まり、ある一点を見つめている事に、ヤサコが気付いた。
「どうかしたの?ハラケン」
「あ、うん。ちょっと先行ってて」
そう言うが早いか、ハラケンはササっと野槌神社へ走って行ってしまった。いきなりの事だったが、ヤサコは言い知れぬ不安にかられ、
「アイコ、ちょっと京子お願い……」
「え?」
答える暇もなく、ヤサコはハラケンの後を追って、一同から離れた。
「ハハァ…」とアイコは勝手に何かを察し、イサコとガチャギリを促し、京子とどこかへ行ってしまい、フミエとダイチがいつの間にかみんなと別れた状況となり、ヤサコとハラケン、フミエとダイチ、アイコ・京子・イサコ・ガチャギリ、後はデンパ・アキラ・ナメッチとバラバラになってしまった。
そんなこんなの間に、キヨコの姿が消えていたが、誰もなぜか気にもとめなかった。
この期において、イサコがアイコを睨んだ。
「アイコ……何を企んでる?」
あんず飴を舐める京子を手で引っ張りながら、一歩前を歩くアイコの背に問いかけた。その後ろではガチャギリが、静かに後を追うように歩いていた。ヤエは京子の肩にしがみついていた。
「何よ~、人聞きの悪い。ちょっとしたムード作りよ」
「?」
アイコの発言を疑問に思うのは、後ろも同じだった。
「俺も同感だ。まあ、ヤサコ達とダイチ達ならわかるが、俺らの組み合わせは何なんだ?ただの余りならデンパ達と一緒でいいのに、何でだ?」
「フフ~ン……わかってないわねぇ」
ニヤニヤと二人の無理解を嘲笑い、些細だったがイサコ達はムッと癇に障ってしまった。
「わかんないなら、考えてみなさ~い。京子ちゃん、あっちでお姉さんと遊ぼ」
そう言いながらアイコは、イサコの不意を衝いて京子を連れて行ってしまい、後にはイサコとガチャギリが残され、さらにバラバラになった。
無論なのか、二人の中にポカーンとした何か穴が空き、横目で互いを見て、歩き出した。
「……ガチャギリ」
「あ?」
人と人の間をすり抜けながら、歩き続けた。
「あの時、ハッカー共が襲った時、どうして助けに来てくれた?」
「はあ?決まってんだろ。仲間の……危機を見過ごせねえよ」
「それだけが、動機か?」
「……どうして、そんな事聞く?」
「あの後、私で色々考えて、理由がそれだけじゃないように、思えた」
「どういう意味だ?」
ガチャギリの歩幅が小さく縮まった。同調するように、イサコも足並みをそろえた。
「わけは、私でもわからなかったが、言い表せない、何かが自分の……心に起った。だから、お前の動機も、そんな事があったのか、と」
「……まあ、まんざらでも、ない。確かに、今まで知ってないような、感情っていうのは、あん時感じた。たぶん、それが俺を動かしたと思う。何だろうな、それって……」
お互い無表情のまま、何を考えているのか、また歩き出した。ただ、互いの距離はさっきより近かった。
「ヤエーッ!ヤエかえして!」
突然、人込みの向こうから、京子の悲鳴が二人の耳に突き刺さった。
○
「なあ、何で俺らだけになったんだ?」
「知らないわよ」
トントトンッ、コンチキチーンッ
猿回しが露店で演じられており、ダイチとフミエは並んでしゃがんで眺めていた。音楽に合わせて階段逆立ち上り、五回連続空中反転、キャッチボール、反省と次々と羽織を着た猿は、難なくこなしており、成功する度に観客から、歓声と小銭が飛び交った。
(…………二人っきり……チャンス!)
フツフツとダイチの中で、想いが沸き起こった。
「ななななっ、なあ~……」
「何よ?」
「あっ、あのなあ、じっ、実はなあ」
「何なのよ、じれったいわね」
「来週末、俺の親父が、キャンプしようって言い出してな、友達も連れて来ていいって言ってな。ただ、一人分しか余裕無くて、その……あの……つまりだ」
「何?あたしを誘ってるわけ?」
先に答えを言われ、意外にもダイチはホッとできた。
「まあ、そう言う事だ。どうだ?一緒に、行かねえか?」
「……何、企んでるの?」
フミエの予想外の返事に、ダイチは間の抜けた顔を見せた。
「なっ、何でそんな事言うんだよ?」
「そりゃこっちの台詞よ。たいがい、アンタの考える事ったらろくな事無いじゃん。きっと今の話だって、あたしに悪さするのを計画してるんでしょ。お見通しよ!一体、どんなイタズラを計画してんの?あたしが見抜いたんだから、素直に白状しな!」
ダイチ自身、辛い言葉の連なりに、苦しかった。怒りすら沸き起こりそうだった。自分の伝えたい事が、誤解されて、歪んで伝わってしまっている事。辛い限りだった。もうこうなりゃやけだと、ダイチの口がめちゃくちゃに開いた。
「何で、何でわかんねえんだよ!ええい、もういい!ハッキリ言やあ、悪さはねえ!邪まな考えはねえ!来るかどうか聞いてんだよ!」
むちゃくちゃな大声に、周囲の観客はビクッと驚いたが、フミエの方がもっと驚いていた。猿ですら、そちらに顔を向けてしまった。
フミエは見上げながら驚いた。立ち上がったダイチが思った以上に、自分よりも背が高い事に気づかされ、ダイチの半泣きのような顔に、困惑してしまった。
「……何、考えてんのかわかないけど、アンタがそうまで無気になんなら、望むとこよ!キャンプについて行ってやろうじゃないの」
フミエの目ではダイチは、バトルかイタズラを企んでると、勘違いしていたが、その答えにまたしても、ダイチはホッとできた。すると、
「ヤエーッ!ヤエかえして!」
二人はそろって、声のする方に顔を向けた。
つづく
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