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第四章 強奪、そして夏祭り

 チュンッチュンッ、チュンッ、チュンッチュンッ
 スズメが朝を告げている。
「お……ふぅわー……よう」
 寝ぼけ眼で、寝ぐせをしたヤサコが、のんびりと台所に現れたのは、もう九時だった。
「優ちゃん!もう、夏休みだからって寝ぼけちゃあダメでしょ」
 流し台に立つ母は、振り向きながらテーブルに座ろうとするヤサコを咎めた。
「あ、そう言えば、京子は?」
「公園へ遊びに行ったわよ。ヤエちゃんと一緒らしいわ。私にはわからなかったけど」
「……え?一緒に!」
 カップを手にしたヤサコはギョッと驚いた。そのままヤエを路上へ持って行っては、キュウちゃんのフォーマット対象として撃たれてしまう。だから外に持ち出す時は、ポシェットに入れて行くのだ。
「心配はいらんぞ、優子」
 不意に廊下から、メガばあが杖をつきながら現れた。
「え?オババ、どういう事?」
「わしが自家製ポシェットを京子にあげといた。ヤエはその中に入っとる」
「あ~、安心した」
 母にとっては理解できない範ちゅうが聞こえ、半分は聞き流していた。
「そう言えば、母さん」いきなり話が、母に振られた。「お祭りは、今夜だっけ?」
「そうよ、忘れたの?」
 その返答を、ヤサコは聞いているのかどうか。顔をどこかと言わず、宙を眺め出した。
(……イサコ……あしたで、帰っちゃうんだ……)
                 ○
 麦わら帽子で青いTシャツ・黄色のひらひらスカートの京子は、サンダルをカランコロンと音をたてながら、公園に向け歩んでいた。小さなカバンを肩からかけ、少し大きなピンクの電脳ポシェットを腰につけており、元気良さそうだった。
「ヤエ、いっぱいあそぼうね!」
 ポシェットをスリスリとさする仕草をして、意気揚々と歩き続けた。
 と、何かが前方上空から、何かが近づいてくるのが見え、思わず立ち止った。キュウちゃんではない。
 よく見れば、世に言う「アダムスキー型UFO」が一機、近づいて来た。京子くらいの大きさで、どうやら電脳のUFOだった。ヒューヒューと音をたて、下降すると下からニョキッとメガホンが出てきて、京子の前に止まった。
『こんにちは、お嬢ちゃん』
 いきなり声がしたが、京子はボーっとしたままだった。
「今は〝おはよう〟だよ」
『あっ、そうか、おはよう、じゃなくて!』
 今度はツッコミが聞こえてきた。
「何か、よう?」
『そうそう、君にお願いがあるんだ』
「おねがい?」
『君が飼っている黒いペット、イリーガルが、欲しいんだ』
 ゆっくりと、力を込めた言葉に、京子はビクッと、言い知れぬ恐怖を感じ取り、無意識で後退りした。
『もちろんタダじゃないよ。代わりに欲しいもの、何でもあげるよ』
 余計その声の主が、近づいてはいけない「危ない人」と、確信できた。しかし、思わずヤエを守ろうとポシェットに手でおおってしまった為、気付かれてしまった。
『その中、だね?』
 もうヤバイとわかり、バッと来た道を走った。
『逃がさないよ』
 それでも後ろから聞こえる不気味な一言に、泣きそうなぐらいの恐怖が沸き起こった。
 一気に上昇したUFOは、両側からグッとロボットアームが生え、二メートルの長さに伸びた。さらに後方からも同じUFO二機が現れ、追跡が始まった。
 ハァハァ、ヒャアヒャアと息が荒れても無我夢中で、道路を京子が駆け続けた。チラッと振り向けば、ヒューヒューとUFO達がアームを振り回して、迫って来た。
『お嬢ちゃん!逃げなくてもいいよ!』
『すぐに渡さないと、痛い目見るよ』
『それじゃあ、くすぐったい目見たい?』
 違う三人の男の声から逃げながら、一心不乱に路地を右へ左へ、上がったり下がったり。それでも奴らは、執拗に追い続けた。
 ブォン
「ヒャア!」
 何度も何度も、アームはポシェットを狙って襲いかかり、その度に京子は、小柄な体のおかげで避け、転びそうになっても、逃げ続けた。
 遠くに離れた車中では、三人の男はウィンドウに向かって、ゲームをするようにUFOを操作し、目標を捕獲しようとしていた。
「キャハッ、こういうの『人間狩り』って言うんじゃない?」
「うるさい、黙れ!これは狩りでもゲームでもない。戦争だ」
 レゲイな男は、最年少を黙らせた。
 その一瞬、京子が画面から消えた。どこかに隠れたのだ。レーダーや地図は、不安定な空間によるノイズだらけで見えづらかった。
 一方の京子は、土が出ている路地裏に逃げ込んだ。ガスボンベの陰に隠れ、混乱する気持ちを落ち着かせようとした。
 今、「危ない人達」がヤエを狙って、襲ってきている。かなりヤバイ状況である。誰かに助けを求めるべきだが、メガネをしている人でなければならない。姉達を呼べばよいが、来るのに時間がかかる。京子自身も驚くほど一瞬で理解できたが、途方に暮れる結果となった。泣きそうになったが、この場で自分を、ヤエを守れるのは自分だけとようやくわかり、堪えようと切り替えた。
 と、ハッと何かを思い出し、ポシェットからメタタグを取り出した。チラッとヤエの顔が見えたが、気にも止めずタグをメガネにピタッとつけた。
 すると、目の前にUFOがビュンッと現れた。
『見いつけた』
 ビクッと驚いてしまったが、めげずにビームのポーズをとり、
「ウンチ!」
 と叫びながら、ビームを発射。
 ビームはビガッとUFOに命中。思いもよらぬ反撃にUFOはよろめき、その隙に京子はまた走りだした。
『あのガキ、あんなの持ってやがった!もう容赦しねぇ』
 また追いかけっこが始まり、それでも京子は駆け続けていると、前方の丁字路から願っても無い救いの手が左から出て来た。手さげ袋をさげた、デニム上下のイサコだった。
「イサコおねえちゃん!」
 彼女が声に気づいた時は、飛ぶがごとく京子は腰に飛びつき、我慢していた涙を流した。
「なっ、何だ、京子!どうしたんだ?」
「うっうっ、ウワアァ、ヤエが、とられる!」
「?……!」
 すぐにUFO達が追い着いた。
『お嬢さん、その子の持ち物を、返してくれないかなあ?』
 優しく、それでいて恐ろしい声の主は、イサコに迫った。イサコは動じる事無く、京子を後ろにかくまった。
「いい大人が、幼児を寄って集っていじめるなんて、最低だな」
『黙れや!さっさとそれを寄こさんかい!』
 一機のアームがニューっと伸びた。
 その時、バッと右手で何かを投げつけた。するとその一機は投げられた光に当たると、バチバチとバグだらけになって動きを止め、バリンッと弾けた。
『……そっ、そんな……』
『お前、まさか、』
「元暗号屋だ」
 言い退けた瞬間、京子を抱え、すごい速く逃げ出した。
『くそっ、暗号屋なんて聞いてないぞ!』
『とにかくリーダー、追うんだ!』
                 ○
 理由は知らない。今は知るよりも、辛かっただろう京子を抱えて逃げる。それがイサコにとっては、最優先だった。
 走り続けるイサコが振り向くと、すでにUFO達はいなかった。前に顔を戻すと、
「きゃあ!」
 曲がり角から、ヤサコがいきなり現れ、ぶつかりそうになった。
「あっ、イサコ。京子!」
 京子は降ろされると、カランコロンとヤサコに泣きながら寄った。
「ウワアン!おねえちゃん!こわかった!」
「え?えっ?何?何があったの?」
 ヤサコは屈みながら、答えをイサコに求めた。
「よくわからんが、何者かがヤエを狙って、京子を襲ったんだ」
「えっ!そうだったの?よくがんばったわね。えらい、えらい。ごめんね、そばにいてあげれなくて」
「それよりヤサコ、急いでメガシ屋に行くぞ!」
 そう言われたヤサコは、京子を抱えて行こうとした。と、彼女達は何かに気づいた。
 突然、屋根の向こう側から、フワフワとブーメラン形の銀色物体が現れた。それは、アメリカ軍のステレス爆撃機だった。と言っても本物ではなく、京子くらいの大きさだった。
『今度は失敗しないぞ!』
 ビビーッと、彼女達を狙って、赤い火球が飛び出し、そばの道路を凄まじくバグらせた。
「クッ!」
 果敢にイサコは暗号を投げたが、暗号はバシッとシールドで弾き飛ばしてしまった。
「さすがに、マズイぞ」
「え?」
 イサコはヤサコの手を引いて、まっすぐ続く道を、三人揃って走り出した。後ろからは、あのステレス機がズィーッと、火球を出しながら追い続けた。
 しばらく行くと、前方に四辻が見えた。突然その両側から、ヌンッと何者かが現れ、三人は思はず急ブレーキをかけた。さらに、現れたレゲイな男と寸胴な男の後ろからは、あのUFO二機が控えていた。ヤサコには何が何やらわからなかったが、イサコはこいつらが犯人の正体と理解できた。
 しかも、いつのまにかステレス機は不気味なほどフワフワと浮いて、自分達に標準を合わせていた。そして、ステレス機のそばから、スタスタとワイシャツの男がニヤニヤとしながら歩いてきた。
(挟み撃ちか!)
 イサコが気付いた時には、遅い状況だった。
「一体、何なのよ?何でこんな事するの!」
 ヤサコは叫びながら、前後の何者か達に、何でも構わないから問いただした。
「我々の目的は、そのイリーガル。それだけだ」
「素直にそれを渡せば、これ以上ひどい事はしない」
 淡々とレゲイとワイシャツは答え、なおの事恐ろしさを感じさせる口調だった。
「そんなに価値があるって言うの?」
 イサコは平然とした態度で、聞き返した。
「へっ。そりゃよう、お宝の手がかりに―」
「バカッ、お前いい加減に黙れ!」
「バカはないだろう、バカは!」
 今の寸胴とレゲイの会話で、彼女達は秘密のヒントを聞いてしまった。
「とにかく、さっさとそれを寄こせ!」
 もはや怒りが含まれたワイシャツは、ジリっと一歩踏み出し、ステレス機も男二人もUFOも彼女達との距離を狭めた。もはや逃げ場無しの状況に、ヤサコもイサコも焦りの冷汗が流れた。
 その時、
 ガガガガガッ、バババババッ
 突然UFO達の後方から、すさまじい爆音と閃光がUFO達を攻撃した。不意打ちに男達は怯んだが、防御の暇も無くUFO達は火を上げ炸裂してしまった。
「何!」
「何や?」
「何なんだ?」
「何なの?」
「何だ!」
 男達、ヤサコ達はそろって突然の奇襲に驚いた。そして、眼を見張って見れば、
「ガチャ!」
 イサコが驚く先には、ウィンドウを前にして、両脇に「直進くん」を二台控えた、相変わらず目元を隠したガチャギリだった。
「よう!大丈夫か?」
「ガチャギリ君!でも、どうして?」
 この状況で、ヤサコの質問の返答など、余裕は無かった。
「何じゃい、このガキ!」
「許さん!」
 寸胴とレゲイはすでに電脳ではなく、力ずくの攻撃に転じようと、ガチャギリに向けて走ろうとした。さすがにガチャギリもヤバイと気づいたらしく、顔色が曇った。そこへ、
「おい待て、きさまら!」
 イサコはそんな二人の背後に、罵声を浴びせた。
「「ああっ?」」
 二人は怖そうな顔で振り向いたが、それが罠だった。振り向いた時には、目の前にイサコから放たれた暗号が目の前に迫っていた。そして、気づいた時には、バシュッとメガネに命中。
「あ!」
「ギャ!」
 メガネは火花と煙を出し、一瞬にして眼前は真っ白となり、二人そろって後ろへ大きくこけた。もはや、そのメガネはスクラップと化し、二人は倒れながら愕然と放心状態で、何も言わなかった。
 この「惨劇」と言えてしまう有り様に、ガチャギリとヤサコは驚くばかりだったが、残されたワイシャツは、怒り心頭だった。
「よーくーもーッ!」
 ササっとワイシャツが操作すると、ステレス機はグンッと飛び立った。しかし、身構えていたイサコ達の上空を通過し、ガチャギリに向け標準を合わせた。
「小娘、仲間のやられる様を見るがいい!」
 イサコがハッと気づいた時は、間に合わなかった。どっちを攻撃しようにも、今からでは通用しない。ガチャギリもまずいと判断し、逃げようとしたが、すでに火球は飛び出そうとしていた。
「あっ、ガチャ!」
 イサコが叫んだ時だった。
 ゲシッ
「っ!ンギャアーッ!」
 誰もが気付かない間に、京子がヤサコから離れ、ワイシャツの足元に向かい、すねを蹴り上げた。
「ウンチ!」
 弁慶の泣き所をやられ、京子に指さされながら、情けない姿で道路に悶え、転げまわっていた。それがチャンスだった。
 操作を失ったステレス機は、グイーンとガチャギリを逸れ、塀の向こうに突っ込み、そのまま見えなくなってしまった。
 さらに、とどめでイサコの暗号技で、ワイシャツのメガネも破壊。彼もまた、倒れまま固まってしまった。「ちくしょう!憶えてろ!」
 意外に早くワイシャツは起き上がると、そそくさと逃げ出した。その後を二人もケンカに負けたチンピラのように、走り去ってしまった。
                 ○
「すまねえ。助けるつもりが、助けられちまったな。ありがとよ」
 頭をかきながらガチャギリは、イサコのもとへ情けなさそうに礼を言いに寄って来た。
「いや、礼を言いたいのはこっちだ。あの状況では、お前がいなければ危なかった・・・・・・ありがとう」
 少し恥ずかしそうに、眼を下に向けながら、イサコも礼を言い返した。
「あたしからもありがとう、ガチャギリ君。でも、どうしてここに?」
 まだヤサコの中では、引っかかる疑問だった。
「ああぁ、それがなあ、ちょっと野暮用の帰りに、あのUFOがいたんで、様子を見てたら、お前らが挟み撃ちにあってたんだ。んにしても、あいつら、何なんだ?なんでキュウちゃんも来ないんだ?」
 確かにそうだ。違法電脳物質にはキュウちゃんが反応して、飛んで来るはずである。
「たぶん、あのUFOにはキュウちゃんに見えなくする細工がされてたんだろう。そこまでして、ヤエを奪うつもりだったたんだ」
「ヤエを!何で?」
「あいつらの一人が口を滑らせてくれたが、何でもお宝の手がかりだとか?」
「はあ?何だそりゃ?」
 ガチャギリも理解不能だった。
「ねえ、とにかく、メガシ屋に行きましょう。またあいつらが戻って来るかもしれない」
「そうだな。一旦そうしよう」
 ヤサコに促され、四人はメガシ屋へ動こうとした。
「ちょっと待ちな」
 いきなり初めて聞く、男の声が響いた。一斉にみんながそちらを向くと、四辻の陰に誰かが立って、こちらを睨んでいた。
「だっ、誰?」
 ヤサコが聞き返すと、男がフラッと姿を現した。少し長髪にハンチング帽で、無精ヒゲを生やし、ダブダブの黒い長袖Tシャツとズボン。ゴーグル型メガネから、パッチリとした瞳が見えた。
「お前は何者だ?」
 敵意むき出しに、イサコは睨みつけ、ガチャギリも同じように構えた。
「すごい戦いだったよ、驚いちゃった。あっ、そうそう、俺様はニックネーム〝ゼエェット〟!フガっ、もうお分かりのはずだ。君達のヤエちゃん、ちょうだい」
 妙なアクセントだけでも驚いてしまいそうな男にヤサコ達は、恐い印象は何一つ感じられなかった。
「いやだ、と言ったら?」
 試すかのようにイサコは、挑発的発言を投げかけた。
「奪っちゃう」
 重みのある力強い返答に、バッと何らちゅうちょ無く、手から暗号技を飛ばした。しかし、男の目の前でフッと弾き飛ばされた。イサコに驚く暇などなかった。
「あ~あ、やっちゃった。そんじゃ、行くよ」
 ニンマリと口元を不気味に歪めると、イサコと同じように腕を伸ばして、何かを投げるしぐさを示した。
 すると、何か、尾を引きながらイサコに目がけて飛び出した。危ういところで避けたが、何かが当たった部分には、小さく丸い暗号式が張り付いていた。よく見れば、その中心から男のリストバンドと、長い文字列がつながっていた。
「お前、まさか!」
 愕然とイサコは男を見はった。
「そっ。俺も暗号屋だよ。君とは流派が違うね」
 気付いた時には、道路の暗号式は変化していた。
「なっ、何だこりゃ!」
 見れば、暗号式の周りから、ニョキニョキと根か枝が伸びるように、四方に向けて伸び出していた。シューっと伸びた先には、別の暗号式を形成し、いつの間にかヤサコ達の周りを囲もうとしていた。
「その文字列で、操作しているのだな?」
 少し焦っているようではあったが、冷静な目でイサコは眼前の敵を分析した。
「正解。踏んだらメガネにとって危ないよ~」
 あまりにも余裕を取る態度に、彼女達は自分達が不利という心を、余計あおる事となった。
「ええい、ちくしょう!」
 無我夢中にガチャギリが投げたのは、電脳の爆竹だった。敵の足元に着弾し、すさまじい煙幕を上げ、周りは煙だらけ。ようやく落ち着いた時は、Zの眼前から消えてしまっていた。まだできていない式の隙間から、逃げ出したのだ。
 しばらく、何度もヤサコ達は角を曲がり、あの変な暗号屋か逃げようと必死になった。
 が、
「ヒャア、ハッハッハッハッ」
 おかしな高笑いのする方向は、見上げる塀の上だった。
「逃がさないよ~」
 仁王立ちのZに対し、すでに恐怖より、呆れた印象を憶えてしまった。
「まずは、厄介な小娘からやっちゃうよ~」
 バシュッと式を見上げるイサコに向けて、放たれた。
「チッ!」
 睨み返したイサコの瞳は、ジジっと光を見せた。その一瞬で、文字列はバチバチと空中で火花を上げ、消えてしまった。
「なっ!イマーゴの娘とは、なおさら厄介な」
 しかし、一瞬のイマーゴも彼女にとっては負担だったらしく、貧血を起こしたようにフラッとよろめいてしまった。
「イサコ!」
「おい、大丈夫か?」
 ガチャギリが声をかけ、ヤサコが駆け寄ったが、振り払うような手を見せた。
「大丈夫だ……しばらく振りだからな……」
 彼女は余裕を見せたかったが、その隙をついて彼女達の前後に、式を両手から伸ばし、身動きできなくした。
「さあ、どうする?さっさとヤエちゃんを、ちょうだい」
 圧倒的に不利だった。誰も持ち技がなくなっていた。京子の目がウルウルと、怖気づいてしまい、いつ泣くかわからなかった。
「いつまで待たせ……え?」
 と、男の視線が空の向こうに移し、ポカーンと見続けていた。ヤサコ達にはわからなかったが、それは男目がけて飛んで来ていた。ヤサコ達が気付いたのは、上空を通過する時だった。それは赤い巨体。
「「「「サッチー!」」」」
 まさしく空飛ぶサッチー。その姿に皆、唖然としたが、男の方は初めてのもので、慌て出しそうだった。「なななっ、何じゃあー!」
 驚くそばから、ビューンと横切ると、上空で旋回し、また向かって来た。さらにビガーっと、まさしく目からビームを発射した。
「えっ!ちょっ、ちょっと、うっ、うわぁーっ!」
 男はビームを避けたのはいいが、バランスを崩し、そのまま塀の向こうへ落下。次には、ガッシャア―ンと何かが割れる音がとどろいた。
「コラーッ!何だお前?泥棒か?よくも俺の植木を!」
 ヤサコ達からは見えなかったが、男はじょうろを持つ家主に叱り飛ばされていた。
 すると、
「みんな無事?」
 意外にも、ハラケンが助けに現れた。
「ハラケン!えっ、じゃあ、あのサッチーは」
 ヤサコの予想は的中した。
「みんなが追い回されているのが見えて、アカを連れて来たんだ」
 そのそばで「アカ」と呼ばれたサッチーは、両手を両脇から定位置に戻し、着陸した。よくよく見れば、大きさはハラケンくらいの背で、何やら親近感すら覚えた。
「オバちゃんが自分でプログラミングしたんだ。僕のは少し小さめだけどね」
 完全にハラケンのペット化したようだが、やはりあの子供達の天敵、サッチーである。

つづく
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